精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

Illustration by Simon Prades for Rolling Stone



言葉巧みなモントウィーラー

モントウィーラーはモンティの家へ向かった。停車すると、ハビエルが家の前に立っていた。芝生の上で取っ組み合いが始まり、モンティが兄をなだめに入った。トラックの中ではカラスコがシートベルトと格闘していた。エミリオの方を向くと、息子は父親に何をされるのかが怖くて、縛られた箇所をぎゅっと握っていた。「パニックになりました」とカラスコ。「すぐに決断しなくてはならなかった。息子を車内に置いていくしかなかったんです」。辺りは大混乱だった。モントウィーラーはハビエルの車にトラックを突っ込んだ。ハビエルはカラスコと一緒に逃げようと、隣の家のフェンスを突っ切った。ついにモントウィーラーはライフルと息子を掴むと、家の中に駆け込んだ。警察が庭に集まる中、彼は威嚇として何度か発砲し、トラックに火をつけた。保安官代理と従兄弟のジム・ヒルダーブランド氏も駆け付け、説得に加わった。10時間後、モントウィーラーは投降した。「エミリオはお漏らしをしていました」とヒルダーブランドは振り返る。「トニーは完全にイカれてました。宙を見つめて『息子を取り上げるな、息子を取り上げないでくれ』と言っていました」


2017年1月9日、アンソニー・モントウィーラーのダッジと、ベイツ夫妻の車が衝突した事故現場に駆け付けた警察(Photo by Oregon State Police)

裁判の後、29歳になっていたモントウィーラーは州立病院に収容された。『カッコーの巣の上で』の撮影現場に使われたコンクリートとタイルの内装は、すっかり荒れ果てていた。カビとネズミだらけで、1世紀近く放ったらかしにされた倉庫のような状態だった。地下室の壁の棚にずらりと並んだ5000個もの銅の骨壺には、誰のものともわからない遺骨が納められていた。医療記録によると、モントウィーラーは「幻聴に悩まされ、入院初期には妄想も見られた」そうだが、最終的には落ち着いたようだ。他の患者相手に高い利子で金を貸したり、ポルノを収めたCD-ROMを販売したりした。ある心理学者は「彼があの手この手でこっそり金儲けをしようとするのに、スタッフはいつも目を光らせていなくてはならなかった」と書いている。収容2年目には、病院内で暴動も起こしている。

2002年10月、収容から5年以上が経過した頃、PSRBはモントウィーラーの希望通り、条件付き保釈を認めた。「彼は人に好かれるタイプでした」と言うのは、オンタリオのバージェス成人看護ホームを運営するメアリー・リー・バージェス。モントウィーラーが退院後、最初に居を構えたのもここだ。「でも彼は人を操って、良からぬことをする傾向がありました」。少なくとも3件の住居火災を起こし、そのうち1件は自宅のアパートで、2万4000ドルの保険金が支払われた。もう1件は友人のキャピングカーで、「建造物等以外放火罪」の前科が付いた。

Translated by Akiko Kato

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