精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

浮き彫りになる様々な問題

チョイは、モントウィーラーを裁判にかけるのは精神的に不適切だと結論づけた。チョイは鑑定書で、彼の症状は「鬱を伴う適応障害の診断を十分に裏付けている」と記した。治療可能ではあるものの、精神的に責任能力がない、という基準を満たすストレス性疾患だ。「周知の通り、この男性は今現在に至るまで、間違いなく数々の嘘を突き通してきました」とチョイ。「直感を裏付けるために、いろんな検査などを行なうことはできます。でも結局は直感なんですよ」

モントウィーラーの行動に関する別の可能性をチョイにぶつけてみた。事件の朝、モントウィーラーは精神病の症状に襲われ、それと同時に、彼らしい巧妙な計画を実行に移したのではないか。PSRBで満喫した「特別待遇」を再び手に入れるためには、罪を犯さねばならない。彼がハーモンを20マイル先の州境まで連れ去り、心神喪失の抗弁が認められていない、況してPSRBが存在しないアイダホ州からオレゴン州へ向かったのも偶然ではあるまい。事件の4年前、モントウィーラーが「アニタと俺は事故に遭う」という警告のメモを残した事実は、精神病の予兆かもしれないし、心神喪失の抗弁に備えた事前の策かもしれない。あるいはその両方の可能性もある。モントウィーラーは生まれながらにして人を操る人間で、かつ精神を病んでいる。州立病院を出るために精神病を偽ったような男だ。ハーモンを殺したのは、PSRBから釈放されたからではなく、そこにまた戻りたかったからなのではないか。

「十分あり得る解釈ですね」とチョイ。「施設の中で生活する方が落ち着く、という人も大勢います。アンソニー・モントウィーラーは、成人の大半を施設で過ごしてきました。施設の中では、彼はお山の大将です」。さらにチョイはこう続けた。「もし重度の精神疾患を抱えている人たちがみな、素面で、清潔で、薬とは無縁の居場所を社会の中に確保できるなら、多くの問題が改善されるでしょう。治療を全く受けていない状態と州立病院の中間に位置するようなものがもっと必要です」

2019年1月、さらに精神鑑定を行った末、モントウィーラーは精神的に裁判で責任能力を追及できるとの判断が下された。以来彼は複数の罪状で無罪を主張している。ハーモン家を取材で訪れた際、父親のバド・ハーモンは罪状認否のときのことを振り返った。モントウィーラーは無言で車椅子にだらしなく座っていた。「確かに頭がおかしいように見えました」とバド。「一度も頭を上げませんでしたよ」。スーザンはこれを鵜呑みにするまいとしている。「精神病を装っているように見えました」と彼女は言う。「また精神病院行きになったら、彼は前と同じことをするでしょう」

夫妻は今、ハーモンの一番下の子供を育てている。現在15歳だ。「水面に立つ波のようです」とスーザン。「絶え間なく続いていきます」。娘が死んでからちょうど1年経った命日――2018年1月9日――彼女はシンクレア・ガソリンスタンドに花を手向けた。「店の中に入って行くと」、店員が「ただぎゅうっと抱きしめてくれました。ずっと電話しようと思っていたけど、どんな言葉をかければいいのかわからなかったんだそうです。みんなそうですよ。言葉もありません」

Translated by Akiko Kato

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