精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

野放しにされた危険な男

PSRBの犯罪者――大半は、誘拐、強姦、殺人といった重罪で起訴された――は、一度州の監督下に置かれると、再び暴力行為に及ぶことはほとんどない。PSRBの推計では、条件付きで釈放された犯罪者の再犯率は0.5%前後。既決囚向け精神医療ケアの最新の格付けでも、オレゴン州は他わずか3州と並んで全米トップだった。

だが仮にオレゴン州のPSRBが得てして凄惨なアメリカの精神医療ケアの希望の光だったとしても、アンソニー・モントウィーラーの事件は、心神喪失による無罪に対する世間一般の不信感を改めて浮き彫りにした。7月に予定されている裁判でモントウィーラーは再度、精神疾患による犯行だと主張するだろう(モントウィーラーの弁護士は、この件に関してコメントを控えている)。モントウィーラーが何度も制度を悪用し、再び同じ手を使うかもしれないという懸念は、何故こんなことが起きたのか一貫した説明がないために、ますます高まるばかりだ。だが結局のところ問題は、刑事司法制度が「mad」と「bad」を区別できるのか、それぞれのグループに分けられた犯罪者にどう対処すべきかということだ。


アニタ・ハーモン(Courtesy of the Harmon Family)

マルヒュア・エンタープライズ紙はニューヨークに拠点を置く非営利報道媒体ProPublicaの後ろ盾を受け、PSRBが社会を危険に晒している実態についての特集シリーズを組んだ。「それが住民の率直な気持ちだと思いますよ」と、同紙の編集者兼オーナーのゼイツは弊誌の取材でこう語った。「州は地域住民のことなどどうでもいいんだ、とね。この男は何度も州を騙してきて、その代償を払うのは自分たちだ、と」。アニタ・ハーモンとデヴィッド・ベイツの遺族はオレゴン州とPSRBを相手に、同機関が職務を怠り、モントウィーラーを釈放した責任を問う訴訟を起こし、それぞれ375万ドルと50万ドルを請求している。一方PSRBは、モントウィーラーの最初の診断に責任があるとした。精神疾患を偽ったのはモントウィーラーであり、そもそも初めから自分たちの管轄に置かれるべきではなかった、というのが彼らの主張だ。心神喪失による無罪は裁判所の判断であり、従ってPSRBは誰を管理するかには一切関与していない、とブリトンも言う。彼女の見解では、モントウィーラーの最初の精神鑑定が間違っていたのであり、PSRBは法律に法って彼の釈放を認めなくてはならなかった。「だって、彼が偽装していたのははっきりしているじゃありませんか?」

リニー・ラヴァーン・ヘンドリックスがアンソニー・モントウィーラーを生んだのは1967年11月、21歳の頃だった。子供の父親は59歳のウェイン。家族の1人は、ウィスコンシン出身のレンガ職人だったウェインを「大のほら吹き――イカサマ師」と表現した。情緒不安定で、暴力を振るうこともよくあった。あるときは斧を自宅の家具に突き立て、家中に絵具をまき散らした。また別のときには女性の服を着て、妻が勤める美容室の窓を覗いているところを目撃された。1974年、結婚して7年も経たない頃、リニーは家を出ようと計画した。ウェインはオレゴン州ベンドにあるレストランの駐車場で彼女を問い詰め、22口径の拳銃で彼女の胸に1発発砲した。モントウィーラーの従兄弟ジム・ヒルダーブランド曰く、警察が到着する前にウェインは「レストランの中に戻り、10分置きに外に出ては、彼女が死んでいるかを確認していました」

Translated by Akiko Kato

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