精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

曖昧な精神疾患の定義

審査会の会長で、ポートランドを拠点に活動する弁護士のケイト・リーバーは、明らかに遺憾だった。「どこからお話しすればいいか、さっぱりわかりませんね」と言って彼女は、モントウィーラーが20年間も嘘をつき通した一方で、刑務所行きを免れ、家賃を払う必要もなく、訓練を受けた医療従事者から手厚いケアを受けてきた点を指摘した。「あらゆる点で問題が残ります」とリーバー氏。「恐らく法医的な観点で見れば、状況が理解できるかもしれませんが。とりあえず今回は釈放を認めます」。モントウィーラーが退室する直前、彼女はこう付け加えた。「どうか正しい行いをしてください。あなたが間違ったことをするのではないかと、本当に心配でなりませんが」

心神喪失の抗弁の基準は、拍子抜けするほど単純だ。精神疾患により被告に善悪の区別がつけられない場合、または法に基づく行動が取れない場合がこれに当たる。だが実際は、心神喪失の抗弁には無数の問題が付きまとう。一番は心神喪失の定義だ。法廷では絶対的な正確性――被告が精神疾患を患っているか否か――と、個々の犯罪行為が精神疾患によるという判断が求められる。だが精神疾患の患者には、複数の疾患の兆候が見られることがあり、時に症状は多岐に渡る。その一方で、反社会性パーソナリティ障害や薬物乱用など別の問題を抱えていることもある。「これまでわかっていることは、我々が司法制度で下さなければならない判断よりも、こちらの方がずっと曖昧だということです」と言うのは、カリフォルニア大学バークレー校で心理学を教えるジェニファー・スキーム教授だ。「ですがお役所は、悪人は刑務所に入れて司法制度の下に置き、狂人は、他に言い表現が思いつかないのでこう言いますが、精神病棟に入れて医療サービスを受けさせる、という風に選別ができると考えがちです」

凶暴行為はどれも、ある程度までは、狂気の沙汰のように映る。だが法律上は、精神疾患といわゆる「サイコ」に見られる行動パターンははっきり線引きされている。反社会性パーソナリティ障害、またはサイコパスの場合、他人への共感の欠如や損得勘定で動く傾向、感情の起伏の激しさなど、専門家が犯罪思考と呼ぶ特徴が見られるが、心神喪失の抗弁の条件には適合しない。「心神喪失の定義が変更されて、他の診断まで認められてしまうことは絶対に避けたいのです」と、オレゴン州のとある精神医療関係者が語ってくれた。人格障害が除外されるのは「こういう人々――刑務所はこういう人たちのためのものだからです」

心神喪失による無罪は、しばしば世間から疑問の目で見られる――暴力犯罪の逃げ口上、あるいはある種のお情け――そのため、これを廃止しようとする州も多い。1970年代には10近い州が、触法精神疾患という新たな判定基準を採用。犯罪者は刑務所に送られた。1979年にはモンタナ州が心神喪失の抗弁を完全に廃止し、やがてアイダホ州、ユタ州、カンザス州もこれに続いた。ハーモンが住んでいたアイダホ州でモントウィーラーが犯行に及んでいれば、アイダホ州では1982年に心神喪失抗弁が廃止されているため、法的には彼の精神状態は問題視されなかっただろう。最高裁判所は現在、心神喪失の抗弁を禁止する州法への異議申し立てを検討している。「これは非常に深い問題です」。司法が精神状態に基づいて判決を下すべきか、という問題に関する口頭弁論で、最高裁判所のスティーヴン・ブライヤー判事は述べた。「正確な基準を定めるのは、まるで悪夢でしょうね」

Translated by Akiko Kato

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