精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

Illustration by Simon Prades for Rolling Stone



事件の発端

2014年になる頃には、州立病院も4億5800万ドルを投じて改装工事を行い、アーチウェイズだとかハーバーズいう明るい名前の病棟をオープンした。食堂では見舞いに来た家族がケータリングの食事やピザパーティをすることもできた。それでも、モントウィーラーの幸先は暗澹たるものだった。地元精神医療センターが彼を受け入れてくれない以上、条件付き保釈を得る可能性はほぼゼロだった。PSRBの管理下にいる限り――あと50年――彼は州病院から出られない。モントウィーラーの目には、完全釈放の請求が唯一の逃げ道だと映ったのかもしれない。

釈放公聴会で、リーバーは彼に尋ねた。「今さらなぜですか? なぜ今頃になって、最初から嘘をついていたと言うのです?」 モントウィーラーは、「外に」いる間は仕事もできるし、「グループホームに住んで、家賃などを払わなくて済むから」だと認めた。PSRBの監視下にいれば、「特権がもらえる。ある意味、特別待遇してもらえるんです」と。

審査会が彼を完全釈放した後、2016年12月にモントウィーラーもDickinson Frozen Foods社で働くことになったが、ハーモンは腹を立てた。2人はしょっちゅう口喧嘩になった。彼の病院収容中に2人は離婚していたが、その後アニタが1700ドルの電話料金と借金の返済、複数のアマゾンの注文をモントウィーラーのデビットカードで支払っていた――その一部は、彼の承諾を得ていなかった。警察の調書によれば、2人はDickinsonの工場内で喧嘩になり、モントウィーラーが「俺の手元にあるお前のいやらしい動画を公開してやる、とアニタを脅した」という。ハーモンは、モントウィーラーから殺されるかもしれないと人事部に訴えた。12月30日、2人はマクドナルドで落ち合った。「決していい話し合いとは言えませんでしたね」と、デビットカードの件を担当していたスコット・モズレー刑事も言っている。工場側が2人のシフトを分けると――ハーモンは日勤、モントウィーラーは夜勤――モントウィーラーは辞職した。

彼はアイダホ州エメットにある弟モンティの家で寝泊まりしていたが、新しい恋人ニコル・クリルの家に泊まることもあった。1月8日、彼はFacebookのステータスを「交際中」に変更し、友人に「ようやく人生を謳歌して幸せになれる」 と書いた。だが、クリスマスの頃に不眠症が始まった。「睡眠は、俺にとって危険信号のひとつなんだ」と、のちに彼は司法精神科医に語った。「ローザを誘拐した時もそうだった」

事件当日の午前4時頃、彼はクリルにモンティの家に行くと言った。午前5時30分頃、ハーモンの隣人の1人が、彼のトラックが脇道に停まっているのを目撃した。のちに警察は、ハーモンのくたびれたトヨタ・ハイラックスサーフが自宅から0.5マイル(約800メートル)先の道路に乗り捨てられているのを発見した。ヘッドライトは点けっぱなしで、キーも差したままだった。「奴は娘をここで襲ったんです」と、父親のバドは言う。「この後、奴に刺されるまで彼女がどんなに怖い思いをしたかと思うと――とてもじゃないが耐えられません」

Translated by Akiko Kato

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