精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

Illustration by Simon Prades for Rolling Stone



最初の暴力事件

息子のエミリオが生まれてから、モントウィーラーは徐々に内向的になった。夜中に何時間も姿を消したり、無断欠勤するようになった。「彼は大して寝ていませんでした」とカラスコは言う。「しばらくの間は何か企んでるのではと思いました。だって、ずっと起きてるんですもの。でもドラッグをやるようなタイプじゃないし」。やがてモントウィーラーは妻子を残してオレゴン州に戻り、トラックの運転手をした。1996年3月、2人はオーシャンサイドの駐車場で落ち合い、離婚について話し合った。カラスコは家族に「もし数時間で私が戻らなかったら、何かあったと思って」と言った。

彼女が3歳のエミリオと一緒にモントウィーラーのダッジに乗り込むと、モントウィーラーはいきなり高速道路に入った。「計画変更だ」と彼は言った。「一緒に過ごす時間が必要なんじゃないかな」。 彼は15時間運転し、弟のモンティが住んでいるオレゴン州北東のベーカーシティへ向かった。それから2カ月、3人は貸しトレーラーで生活したが、その間モントウィーラーは狂気の淵へ落ちて行ったようだった。カラスコは妻を殺した男が罰を逃れた事件の新聞の切り抜きをいくつも見つけた。彼はよく夜明け前にカラスコとエミリオを連れて、近くの公衆電話に行った。そのうち少なくとも1回は、7年前に死んだはずの海兵隊仲間マイケルが電話口にいると本気で信じていたようだった。また、初めて暴力的な一面を見せた。ある日口論になったとき、彼はトラックの後部座席に保管していた22口径のライフルをカラスコに突きつけた。また別のときには「私を押さえつけて、首を絞め始めました」

最終的にカラスコは、兄のハビエルと一緒に脱出計画を練った。サンディエゴから兄が迎えに来て、エミリオと一緒にモンティの家から連れ出す予定だった。計画にはなかったが、モントウィーラーの弟が事態を収集してくれるだろうと望みをかけていた。だが全ては予想を大きく裏切った。母子が家にいることを確かめようとハビエルが電話した後、モントウィーラーは疑念を抱き始めた。彼は妻と息子を助手席に乗せ、車を走らせた。高速道路を走っていると突然車を停め、なんとか考えをまとめようとしてた。「ずっと独り言を言っていました」とカラスコは当時を振り返る。「奇妙なことをずっと言ってました。それで私は隙を見て、車から飛び降りたんです」。 彼女は路肩で助けを求めて叫んだ。モントウィーラーはエミリオの頭に22口径のライフルを突きつけ、カラスコにトラックの中に戻れと命じた。2人はシートベルトに手首を縛られた。「俺を捨てる気なら」と彼は言った。「俺は輝かしい栄光に包まれるぞ」

Translated by Akiko Kato

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