精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

Illustration by Simon Prades for Rolling Stone



見え隠れする凶暴性の予兆

アンソニー・モントウィーラーは当時6歳。父親は故殺で起訴され、刑務所に収監。その後州立精神病院に収容され、1983年に心臓発作で死亡したようだ。モントウィーラーと弟のモンティは、リニーの姉テレサと夫のジミー・レイ・ヒルダーブランド氏の家に預けられた。夫妻にも3人の子供がおり、オレゴン州ヘルズキャニオン沿いの人口300人の町ハーフウェイで酪農場を営んでいた。高校時代のモントウィーラーの愛称はトニー。スポーツ万能で、釣りと狩りが好きだった。彼は「工作と溶接が得意でした」と、従弟のジム・ヒルダーブランド。ハーフウェイの雪祭りでバート・シンプソンの氷の彫刻を作って賞を取ったこともあった。と同時に、「いつも頭のネジが緩んでいました」

誰かがヒルダーブラント家の母屋から納屋へ歩く度、隣の家の犬が必ず吠え立てた。ある晩モントウィーラーが「もう犬のことは心配しなくていいからね」と言った。トラックで犬を轢き殺したという。ジミー・レイが犬の死体を埋めるよう命じると、モントウィーラーは掘削機を引っ張り出してきて、地面を一掻きした。「彼は犬をその穴に押し込んだんです」とヒンダーブランド。「もっと広げて、十分な大きさの穴を掘って、きちんと埋葬してやることもできたのに。でも彼はそうしなかったんです」

高校卒業後、モントウィーラーは海兵隊に入隊。3年間グアムに駐屯し、憲兵の一員として、貯蔵されていた核兵器の警備に当たった。2つの善行章を授与され、1年間交際していたグアムの女性と短い結婚生活を送った。だが、本人曰くその後何年も付き纏うことになる死も経験した。巡回中に、海兵隊仲間の親友マイケルが地雷を踏んで命を落としたのだ。

モントウィーラーは1989年に除隊し、カリフォルニアのオーシャンサイドに移り住んだ。そこで彼は23歳のローザ・カラスコと出会う。カールをかけた髪に、深いブラウンの瞳。顎に小さなえくぼがあった。サンディエゴに住んでいた彼女の継父が、モントウィーラーの叔母テレサの兄弟だった。カラスコの話では、モントウィーラーはハンサムで、魅力的で、見るからにアウトドア系の男で、働き者だった。酒もドラッグもやらず、母親の事件のことはめったに口にしなかった。「たぶん、お母さんの誕生日かクリスマスの頃だったかしら、『ああ、母さんがここにいてくれたら』と一言こぼしていましたが、それっきりでした」。 2人は結婚し、オレゴン州に引っ越した。モントウィーラーは刑務官になったが、囚人に宛てた手紙からヌード写真を盗んだ疑いをかけられ、辞職した。2人はすぐにカリフォルニアに戻り、モントウィーラーはカラスコの父が経営する道路清掃の仕事に就いた。

Translated by Akiko Kato

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