ザ・キュアーのロバート・スミス、自身のアルバム14作を振り返る

2001年撮影のロバート・スミス(Photo by Tim Roney/Getty Images)



9.
『Disintegration』
1989年
Disintegration

1989年、30歳になって自分がゆっくりと死に向かっていることを自覚するようになったスミスの心は、喜びよりも苦悩や悲しみに支配されるようになっていた。「重大な意味を持つアルバム」を再び意識するようになった彼は、同作の完成後にバンドを解散する可能性について口にしている。



スミス:すごく傲慢に聞こえるだろうけど、当時は誰もが僕にあやかろうとしてた。どんな時も等身大以上の自分を演じないといけないポップスターという立場に、僕は必死で抵抗してた。そういう状況下で、僕はうつ状態になっていった。

気を紛らわすために、僕は再び幻覚系のドラッグに手を出すようになった。アルバムを作ることになった時、僕は修行僧のように口を閉ざし、誰とも話をしないことに決めた。今となってはカッコつけてるとしか思えないけど、当時はそういう不穏な環境に身を置きたかったんだ。

「Just Like Heaven」みたいな曲を期待されてることはよくわかってた。でも僕らは、少しだけ影のあるアッパーな曲を書くバンドっていう世間のイメージを覆すことにしたんだ。

僕の妻であるメアリーへのウェディングギフトとして書いた「Lovesong」をアルバムに収録したのは、どことなくロマンチックなムードを演出するためだった。アルバムの中では最も地味な曲だと思っていたから、全米チャートで2位になったことには驚いたよ。1位はジャネット・ジャクソンか何かだったと思う。「あの作品の中で飛び抜けて成功したのが、よりによってこの曲なのか?」っていうのが正直な気持ちで、すごく落胆したよ。

そうなるまいと努めてきたはずなのに、気づけばキュアーは僕が最も忌み嫌うものになってしまってた。スタジアムバンドってやつにね(笑)。バンド内だけじゃなく、周囲の人間関係もボロボロになっていった。『Disintegration』っていうタイトルはそういう運命を辿ることを示唆していて、実際その通りになった。このアルバムの後、バンドを結びつけていたはずの絆は跡形もなく崩れ去った。バンドの黄金時代の終焉さ。








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Translated by Masaaki Yoshida

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