元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間

パリのLe Zenithでのカート・コバーン 1992年6月24日(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)


市場の大きな地域では2つ以上のロック系ラジオ局が存在し、18歳から〜35歳の男性リスナーの奪い合いを繰り広げるケースもあった。その一部はヘヴィーメタルに特化し、オジー・オズボーンやパンテラの曲を頻繁に流していた。ロック系とメタル系の両方から支持され、名実共にアメリカで最もビッグなバンドとなっていたガンズ・アンド・ローゼズの「スウィート・チャイルド・オー・マイン」は、ポップ系ラジオ局においても重宝されていた。

カレッジ系ラジオ局にはバンドのパンク的側面を強調しながらも、より大衆的なラジオ局にニルヴァーナを売り込むにあたって、ロージーは彼らがジェーンズ・アディクションやフェイス・ノー・モア等に代表される「オルタナティブ・メタル」というニッチなカテゴリーに属し、両ジャンルのリスナーにアピールできると主張した。より多くのリスナーを獲得するためにレーベルが使ったその謳い文句に対して、バンドは不平を言わなかったという。しかしカートは、そういったラジオ局で無数のインタビューをこなすことに対しては懸念を示していた。メタル系のメディアはバンドの音楽を評価する一方で、彼の容姿はその典型的なイメージからかけ離れていたためだ。

『ネヴァーマインド』が発売される数ヶ月前、Silvaと共にドジャースの試合を観にいく途中の車内で、私のパートナーは(DGCの)Mark Katesにアンディ・ウォレスがミックスした同作の音源のテープを聴かせた。「ものすごくビッグで、KNAC(ヘヴィーメタルに特化したロサンゼルスのラジオ局)でもかけてもらえるかもしれないと思った。それが叶えば、ゴールドディスク(90年代当時はアメリカ国内で50万枚以上を売り上げたレコードを対象としていた)も狙えると思った」カレッジ系やインディー系のみならず、バンドがメタル系のラジオ局にもアピールできるという点を、ロージーはレーベルのプロモーションチームの前で強調したという。「DGCのスタッフに『ネヴァーマインド』を聴かせる時、Gershはボリュームを思いっきり上げた」

この段階になってレコード会社は、ニルヴァーナがソニック・ユースよりもビッグになるかもしれないと考え始めていた。マーケティングの成果による商業的成功のみならず、そのアルバムは様々カルチャーを収束させる稀有な現象を引き起こす可能性を秘めていた。当時は一般的に、メタルヘッズとパンクスは相容れないとされていたからだ。

ニルヴァーナを売り込んでいく上で、当初最も妥当なカテゴリーと考えられたのは「オルタナティブ・ロック」(あるいは「モダン・ロック」)だった。KROQをはじめとするロサンゼルスのラジオ局は、疫病のように蔓延するメタルやヘアーバンドの曲を敬遠しつつ、カレッジ系ラジオ局から火がついた人気の曲をかけていた。デペッシュ・モード、ザ・スミス、ザ・キュアー等はメインストリームのロック系ラジオ局から敬遠されつつも、KROQのサポートによって南カリフォルニアに大きなファンベースを確立していた。

KXLUでのプレミアの翌日に、全米のCMJ系ラジオ局がこぞって「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」をかけたことは予想通りだったが、Katesの地元ボストンのWFNXを皮切りに、ロサンゼルスのKROQ、サンディエゴの91X等、規模の大きなオルタナロック系ラジオ局が即座に同曲をプレイリストに加えたことには興奮を隠せなかった。カート、クリス、デイヴの3人は業界におけるハイプから一定の距離を置こうとしていた一方で、彼ら自身やその友人たちが好んで聴いていたメジャーなオルタナロック系ラジオ局でバンドの曲が流れたことには、人知れず喜んでいたに違いない。

Translated by Masaaki Yoshida

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