元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間

パリのLe Zenithでのカート・コバーン 1992年6月24日(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)


ライブ終了後、サンセット通りを挟んだ向かいにある社屋に向かいながら、私は何人かのレーベルの重役と言葉を交わした。「1964年にロンドンでザ・フーを観た時のことを思い出したよ」Robin Sloaneは熱っぽくそう語った。Robert Smithは物思いに耽った様子で、私に向かってこう言った。「彼らのレコードは、本当にゴールドディスクを狙えるんじゃないかな」

『ネヴァーマインド』の発売日、バンドのメンバーたちにはシアトルにいるべき理由があった。ロージーは彼らのいつにない真面目さに驚いたという。「アルバムが発売になる週に僕はシアトルにいて、Susie Tennantと一緒にKCMUとKISWを訪れた。そこでメンバーたちは、とてもビジネスライクにインタビューをこなしてた。時間通りに現場にやってきたし、ジョークを飛ばす余裕さえも見せてた」アルバムの発売日には、バンドはシアトルのレコード店Peachesで行われるリリースパーティーに登場することになっていた。現場に向かう前、プロモーション活動にやや疲れていたメンバーたちは、彼女の仕事場でもあったTennantの自宅で休憩することにした。「奥行きのあるリビングにゲフィンのCDが大量に置いてあったんだけど、彼らはそれをドミノみたいに並べてた。デイヴとカートは私のドレスを着て、そのCDの列に体当たりしてたわ」DGCにとって初めてのヒット作は10代の兄弟ポップデュオ、ネルソンのレコードだったが、カートはTennantの口紅を手に取り、そのゴールドディスクに落書きしたという。

店内に入りきらないほどのファンが詰めかけたそのイベントで、彼らはインストアライブを行った。「すごく楽しいショーだったわ」Tennantはそう振り返る。「オーディエンスの大半は、そこで初めて新曲を聴いたの」当日、カートは普段とは異なるプランを用意していた。「Riot Grrrlのファンジンをそこで売ってもらおうって、彼は提案したの」Tennantは顔をほころばせながらそう話す。「バンドにとって特別な日なのに、彼は古い友人たちの力になろうとしてたのよ」



Jennie Boddy曰く、イベント終了後に店内の窓から通りに目をやったカートは、サブ・ポップ時代のパートナーであるBruce Pavittが通りの縁石に座り、頭を両手で抱えた状態でタクシーを待っているのを見つけたという。カートはどこか切ない親しみをこめて、彼に向かってこう叫んだ。「お父さん鳥だ!今すぐこの巣から飛び立たなきゃ!」

アルバムリリース当初、メンバーはハメを外しすぎても大目に見てもらえることが多かった。ピッツバーグのクラブでは控え室のソファに火をつけたが、大きな問題に発展することはなかった。その一方で、ロージーは当時をこう振り返る。「カートはあらゆることに明確なヴィジョンを持っているようだった。ポスターひとつとっても、何年も前からデザインを練ってたかのようだった。メンバーの3人は仲が良かったけど、インタビューを陽気なノリでいくのかシリアスな内容にするのか、そういったことはカートが独断で決めてた。フードファイトが起きる時、ピザのスライスを最初に投げつけるのも決まって彼だった」(フードファイトのことは取材をした何人かの人間が口にしているが、私は現場に居合わせたことがない。カートは自分よりも17歳上の私に気を使ったのだろうが、嬉しいような寂しいような複雑な気分だ)

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE