元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間

パリのLe Zenithでのカート・コバーン 1992年6月24日(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)


番組編成の担当者たちが週末に検討できるよう、ミュージックビデオは金曜日に送られることが多かった。「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のミュージックビデオがFinnertyのオフィスに届いた時、そこには前日に彼女のアパートに泊まっていたスマッシング・パンプキンズのメンバーがいた。彼女はビリー・コーガンと他のメンバーをMTVの重役たちに紹介して回っていたが、すべてのオフィスで流れていた「もうひとつのクールなバンド」のミュージックビデオに、彼らは衝撃を受けていたという。Finnertyはその日のことをこう振り返る。「社内全体に興奮が渦巻いていて、そのビデオを一目見ようと、面識のない人々が次から次へと私のオフィスにやってきた」

週明けの会議に先駆けて、Finnertyは上司のAbbey Konowitchとプライベートでミーティングを行い、ニルヴァーナのビデオを即座にヘヴィローテーション入りさせるよう直談判した。「私の読みが外れて曲がヒットしなかったら、私を会議のメンバーから外していいって伝えた。自分のキャリアを賭ける覚悟だった」Konowitchは彼女の気概を評価しながらも、その週に空いていたヘヴィローテーションの枠はひとつだけであり、そこには多くの視聴者を獲得していたガンズ・アンド・ローゼズの新作ビデオを投入しなくてはならないと主張した。しかし彼はFinnertyに、その翌週にニルヴァーナのビデオをヘヴィローテーション入りさせることを約束した。

『ネヴァーマインド』の発売から数日後の9月29日、そのミュージックビデオはMTVのオルタナ専門番組『120 Minutes』でプレミア放送され、その後「ミディアム」ローテーション扱いとなった。それは約1年前に公開されたソニック・ユースの「クール・シング」と同じケースであり、同曲は数週間後にはプレイリストから外された。そのパターンに陥るのを回避するため、私はMTVにビデオをヘヴィローテーションさせることの必要性を、ゲフィンのスタッフたちの前で力説した。Finnertyの助力によって、翌週にビデオがヘヴィーローテーション入りすることが既に決定していたことを、その時私はまだ知らされていなかった。

「数週間のうちに、私のキャリアは一変した」Finnertyはそう語る。社内における彼女の地位は急上昇し、以降彼女はバンドが解散するまでニルヴァーナに関する案件を一任されていた。MTVはニルヴァーナを世に浸透させる上で決定的な役割を果たしたが、後にバンドが最も視聴者を稼ぐアーティストのひとつになったことを考えれば、両者の関係は持ちつ持たれつだったと言える。カートはMTV側からプレッシャーをかけられる度に怒りを露わにしたが、彼らのサポートは必要としていた。普段からMTVを視聴していた彼はニルヴァーナが大きく取り上げられることを望む一方で、そう願っている自分自身のことを嫌悪してもいた。

カートは『ネヴァーマインド』から3つのミュージックビデオを作ることを主張し、MTVが主宰するイベントへの出演オファーは積極的に受けた。アルバム発売から1ヶ月後、MTVのヘヴィーメタル専門番組『Headbangers Ball』に出演した際に、カートはヴィンテージのカナリーイエローのボールガウン(女性用ドレス)姿で登場した。司会役のRiki Rachtmanにその理由を尋ねられると、彼は恥ずかしそうにこう答えた。「だってこれはBall(舞踏会)だろ?」20年後にMTVのウェブサイトで公開されたインタビューで、Rachtmanはカートから何かを聞き出そうとすることは「歯を抜こうとするような」苦痛を伴ったとし、「彼は明らかに居心地が悪そうだった」と語っている。ヘヴィーメタルの番組でパンクスらしい不機嫌さを示すことで、彼は自身が抱えるジレンマを表現していた。彼が新旧両方のファンに伝えようとしていたのは、自分がマッチョイズムを嫌悪していながらも、ヘヴィーメタルの番組に取り上げられることを悪く思っていないということだった。不満を露わにしたRachtmanとは異なり、FinnertyとMTVの重役たちはカートの行動に理解を示した。

KatesとSmithがゴールドディスク獲得という目標を掲げた時、その達成には1年の期間、そして多くの知恵と努力を要するだろうと考えていた。Roxyでのショーによってゲフィン社内でのバンドに対する評価は上がったものの、アルバムの初回プレス枚数は5万枚にとどまっていた。それは『ブリーチ』の売り上げ枚数を上回ってはいたが、大きな反響を見越しているとは言い難い数字だった。初回プレス分は各店舗であっという間に完売し、レーベルには膨大な量の再注文が入った。発売からわずか18日後の10月12日には、『ネヴァーマインド』はゴールドディスク(出荷枚数50万枚)に認定された。Boddyはこう振り返る。「シアトルの人間はみんな興奮してた。『ネヴァーマインド』の成功を、皆自分たちのことのように感じてたんだ。『俺たちの勝ちだ!』って感じでさ」カート、クリス、デイヴの3人は素直に喜ぶ一方で、目まぐるしく変化していく状況の中で、成功を現実として受け止めきれずにいた。私の目にはバンドが、手にした成功から必死に目を逸らそうとしているように映った。

筆者自身はそういった複雑な思いとは無縁で、「俺は世界一ビッグなバンドのマネージャー」などと、勝手にこしらえた自作の曲を運転中に口ずさんだりしていた。前年にインタースコープ・レコードの設立に携わっていたジミー・アイオヴィンに、私はここぞとばかりに自慢した。「これは俺が今まで手がけたどのプロジェクトよりもビッグになる」電話口で意気揚々と話す私に、アイオヴィンは好意的な様子でこう返した。「ザ・ポリスを思い出したよ」その度胸がどこからきたのかは不明だが、私は「ニルヴァーナはポリスよりもビッグになるさ」と答えていた。完全に浮き足立っていた私がどんなに大きな期待を抱こうとも、『ネヴァーマインド』はそれを大きく上回る結果を出した。

Translated by Masaaki Yoshida

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