元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間

パリのLe Zenithでのカート・コバーン 1992年6月24日(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)


ツアーで主要なエリアを初めて回った後、バンドが過去に出演した小さなクラブでライブをすべきだという考えは、Silvaとメンバーたちで一致していた。業界用語でunderplaysと呼ばれるこういったギグをこなすことで、バンドは核となるオーディエンスとの繋がりを保とうとしていた。ツアーは『ネヴァーマインド』の発売の1週間前に始まったにもかかわらず、「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」が恐るべき速さで浸透していたことで、各公演のチケットは即完売した。Montgomeryはこう振り返る。「ものすごい熱狂ぶりだった。どの会場でも、外にはハコのキャパシティ以上の数のオーディエンスが溢れてた」チケットを手に入れた人々は、来るアルバムがロック史に深々と刻まれるであろうことを確信しつつ、ありったけの情熱をぶちまけていた。

セントルイスのショーでは、セキュリティがステージに上がろうとするキッズたちを乱暴に押さえつける一幕があった。爆音が鳴り響く中でセキュリティをなだめるのは困難だと判断したカートはショーを中断し、大勢のキッズたちをステージに上げた。クリスはオーディエンスに向かってこう呼びかけた。「アナーキーってのは、各自が責任を負って初めて成立するんだ」

ゲフィンだけでなく多くのメディアが拠点を構えるロサンゼルスでは、できるだけ多くの人間を招待できるよう大きな会場を選んだ。『ネヴァーマインド』の発売から1か月後の10月27日、2200席を誇るPalace Theatreで開催されたショーはそれまでで最大規模だったが、チケットは瞬く間に完売した。バンドは連日優れたパフォーマンスを見せていたが、この日も例外ではなかった。終演後にバックステージにやってきたEddie Rosenblattは、一緒に来ていたアクセル・ローズをカートに紹介したいといい、バンドの楽屋を訪れてもいいかと相談してきた。私がその旨を伝えると、カートは露骨に顔をしかめ、ガンズ・アンド・ローゼズのシンガーと顔を合わせるつもりはないと言った。ゲフィンの社長の機嫌を損ねるのは得策でないと判断した私は、Rosenblattにパスを何枚か渡しつつ、彼らが来る前にカートを連れて会場を出るという案を出した。そうすれば彼らを怒らせることなく、両者が顔を合わせることもないと考えたからだ。カートは同意し、私は楽屋を出てRosenblattにパスを渡しつつ、メンバーが「着替え中」なので5分ほど待って欲しいと2人に伝えた。その直後、私はカートを連れて裏口から外に出た。後日Rosenblattから叱責されなかったことを考えれば、作戦はある程度成功したと言えるだろうが、ローズが気を害したことはまず間違いないだろう。

バックステージの廊下の角で、カートと私は関係者たちをやり過ごした。彼らの誰一人として、目立たないその華奢な男性が素晴らしいショーを終えたばかりのバンドのシンガーであり、服の下ではまだ汗が乾ききっていないことを知る由もなかった。その時カートは、彼の女性蔑視を否定する歌詞をメディアが集中的に取り上げたせいで、バンドが極端にシリアスでユーモアのセンスを持ち合わせていないと思われているという懸念を口にした。フガジやデッド・ケネディーズといった政治的主張を全面に押し出すパンクバンドを好む一方で、彼はニルヴァーナがそういった括られ方をされることを望まなかった。

メディアの解釈に不満を持つアーティストの愚痴を聞くのは、いつだって気持ちの良いものではない。できることといえば、取材を受けるメディアをより限定することくらいだからだ。相手にニュアンスをうまく伝えることは容易ではないという決まり文句で、私はその場をしのごうとした。

その時のカートの返答が今でも記憶に焼き付いているのは、その時に彼の慧眼ぶりが自分の思っていた以上だということに気付かされたからだ。彼は事務所にいる時にも見せた耐え忍ぶような表情を浮かべつつ、私の言葉を穏やかに遮ってこう言った。「わかってる、俺はその原因についてずっと考えてたから。俺が思うに、レーベルが記者たちに配ってるプレスキットに書いてある政治的な内容の部分が問題だ」

私が責任を負うべき事柄について、彼は私よりも把握していた。バンドのオフィシャルの「バイオグラフィー」は大半が荒唐無稽だったため、ゲフィンはバンドに関する初期の記事の一部を追加し、その中にはレイプに対するプロテストソング「ポーリー」を取り上げたものが含まれていた。そのことに気づいていなかった自分を、私は情けなく思った。その部分を削除しろとレーベルに伝えるべきかと私が問うと、彼は感謝する様子で頷いた。「そうしてくれるとありがたいな」

そういったことへの対処は簡単だった。そうでなかったのは、その数週間前にカートが出会った人物のことだ。彼がこの世を去るまでの間、その人物は彼と関わりのあるすべての人々を振り回し続けた。

本記事は著者の許可を得て、『SERVING THE SERVANT: Remembering Kurt Cobain』の一部を転載したものです。

Translated by Masaaki Yoshida

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