「新世代UKジャズ」について絶対知っておくべき8つのポイント

Column.1
Tomorrow’s WarriorsとBrownswoodが育んだもの

ポーラー・ベアやアコースティック・レディランドといった先輩バンドの2000年代の活躍を経て、2010年代に入るとそれらの中核メンバーのサックス奏者ピート・ウェアハムとドラマーのセバスチャン・ロッチフォードがこれまでの活動と並行して若手とのコラボレーションを開始。ピートはメルト・ユアセルフ・ダウン(『〜Re:Imagined』に参加)を結成し、セバスチャンはサンズ・オブ・ケメットに参加。両方のバンドにシャバカ・ハッチングスとトム・スキナーが参加していて、ここから彼らがシーンでの存在感を一気に強めていったことで現在の状況が生まれていった。アメリカに例えれば、ピートやトムはロバート・グラスパーらの世代にとってのロイ・ハーグローヴのような存在だった、と言えるかもしれない。



ポーラー・ベアの2015年作『Same as You』収録の「Don’t Let The Feeling Go」と、メルト・ユアセルフ・ダウンの2013年作『Melt Yourself Down』収録の「Fix My Life」。共にシャバカが参加。

そんななか、2016年にヘンリー・ウー名義でエレクトロニック・ミュージックのシーンで活動していたプロデューサーのカマール・ウィリアムスとジャズ・ドラマーのユセフ・デイズによるプロジェクト、ユセフ・カマールによるデビューアルバム『Black Focus』が大ヒットを記録。ジャイルス・ピーターソン主宰のBrownswoodから発表され、ブロークンビーツやディープハウス、UKガラージをジャズの生演奏に置き換えた同作は、UK新世代ジャズシーンを顕在化させたマスターピースと言われている。ユセフ・カマールはその後、解散。ドラマーのユセフ・デイズはトム・ミッシュとのコラボ作『What Kinda Music』、鍵盤奏者兼プロデューサーのカマール・ウィリアムスはソロ2作目『Wu Hen』を、それぞれ2020年に発表している。





同じ2016年には、シャバカが牽引するシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズとコメット・イズ・カミングが揃ってアルバムデビュー。前者の『Wisdom Of Elders』もBrownswoodからのリリースである。ここからシャバカはUK新世代の顔となり、(アメリカのメディアである)ローリングストーン誌が「Jazz’s New British Invasion」と形容した快進撃において中心的な役割を担ってきた。その決定打となった2018年のコンピ『We Out Here』で、彼は音楽ディレクターを務めている。この『We Out Here』もまたBrownswoodからのリリースであり、ジャイルス・ピーターソンが仕掛けたものであった。




青:Brownswoodよりリーダー作をリリース、赤:『We Out Here』にリーダーとして参加、緑:『We Out Here』にメンバーとして参加

改めて相関図を眺めてみると、『We Out Here』の参加アーティストがTomorrow’s Warriors(以下、TW)の門下生によって構成されているのがよくわかる(トライフォースはドラマーのベンジャミン・アピアーのみTW出身)。ジャイルスはTWが育んだシーンを浮上させることで、それ以前からBrownswoodが提示してきたジャズとクロスオーバーの流れを決定的なものにした。2011年に最初のアルバムを発表したTW出身のザラ・マクファーレン、『We Out Here』への参加を経て、同年の『There Is A Place』でアルバムデビューを飾ったマイシャ、その翌年にヌバイアやユセフ・デイズも参加した『No More Normal』を発表しているスウィンドル。そのいずれもBrownswoodからのリリースであり、シーンにおいてTWとジャイルスの貢献がいかに大きかったのかがよくわかる。





TWはジャマイカ系イギリス人のジャズ・ベーシスト、ゲイリー・クロスビーと彼のパートナーのジェニー・アイアンズが1991年に設立した教育機関で、ゲイリーが若手のために行っていたジャム・セッションが出発点。助成金や寄付などから得た予算で全てのプログラムを無償提供しているのが特徴で、中高生対象の「Junior Band」などで若者に演奏機会を与えるだけでなく、マイノリティへのサポートも理念に掲げており、2010年代からは「Female Collective」のような女性向けプログラムを積極的に増やしている。さらに近年は、弦楽器を教えるStringTing、管弦楽団のYouth Orchestraなどクラシック関連のプログラムも増設。多くのミュージシャンを育ててきた。

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左からゲイリー・クロスビー、ジェニー・アイアンズ

その卒業生を中心としたコミュニティは、ヌバイアが「真の意味での友情」と呼んでいるように深い絆で結ばれている。それぞれの作品やライブに「電話一本で駆けつけて」出入りしながらサポートし合う有機的な交流は、相関図には書き尽くせないほど緻密で入り組んだものだ。ここでは主要なグループやリーダー作を紹介しながら、キーマンたちの関係性についてもう少し整理しておこう。


左からモーゼス・ボイド(Photo by Liz Johnson Artur)、ビンカー・ゴールディング

ヌバイア、シャバカ、エズラ・コレクティヴと並ぶもう一人の重要人物がモーゼス・ボイド。サックス奏者のビンカー・ゴールディングと2014年に結成したデュオ「ビンカー&モーゼス」や、前述のザラ・マクファーレン、ベーシストのダニエル・カシミールといったTW出身者との交流や、リトル・シムズ、フォー・テット、フローティング・ポインツ、ムラ・マサなど越境的なコラボに加えて、ビヨンセ監修の『ライオン・キング』サウンドトラックにも参加した「UKシーンで最も多忙なドラマー」。マーキュリー・プライズにノミネートされた2020年の最新作『Dark Matter』では、アフロビートからグライムまで取り込んだ未来的なサウンドを提示している。







2020年、マーキュリー・プライズ受賞イベントでライブを披露したモーゼス・ボイド


ビンカー&モーゼスとしてはフリージャズ寄りのサウンドを掲げたビンカー・ゴールディングだが、ジョー・アーモン・ジョーンズやダニエル・カシミールが参加した2019年の初リーダー作『Abstractions Of Reality Past And Incredible Feathers』では、フュージョンにブロークンビーツを織り混ぜた洗練のサウンドを提示。また、ヌバイアやカミラ・ジョージ、山中千尋などと共演してきたダニエル・カシミールは、女性ヴォーカリストのテス・ハーストとのコラボ作『These Days』を2020年にJazz re:freshed(詳しくは後述)からリリースしている。






左からジョー・アーモン・ジョーンズ(Photo by Fabrice Bourgelle)、オスカー・ジェローム(Photo by Denisha Anderson)

エズラ・コレクティヴの鍵盤奏者であるジョー・アーモン・ジョーンズは、シーンを支えるDJ/プロデューサーのマックスウェル・オーウィンとの共作EP『idiom』(2016年)を経て、ヌバイアやモーゼス・ボイド、オスカー・ジェロームなどが参加した2枚のリーダー作『Starting Today』(2018年)と『Turn To Clear View』(2019年)をBrownswoodから発表し、コンポーザー/プロデューサーとしての才能も全面開花させた。シャバカに匹敵するほどシーンへの影響力は大きく、ヌバイアの初期EPから上述の『Dark Matter』までシーンの重要作に多数参加している。




Brownswoodの企画で披露された、ジョー・アーモン・ジョーンズとフェミ・コレオソのデュオ演奏

ココロコのメンバー(現在は脱退)として『We Out Here』にも参加した、「ネクスト・トム・ミッシュ」ことギタリストのオスカー・ジェロームによる2020年のアルバム『Breathe Deep』には、ジョー・アーモン・ジョーンズに加えて、シーラ・モーリス・グレイなどココロコのメンバーや、マイシャのジェイク・ロング、さらにリアン・ラ・ハヴァスも参加。同作の共同プロデューサーであるBeni Gilesは、リアンが同時期に発表したアルバム『Lianne La Havas』にも携わっている。






左からマンスール・ブラウン、テオン・クロス

ギタリストではもう一人、マンスール・ブラウンにも要注目。上述のユセフ・カマール『Black Focus』に加えて、『We Out Here』にもトライフォースの一員として参加。さらにアルファ・ミストやリトル・シムズともコラボしてきた彼は、2018年にカマール・ウィリアムスことヘンリー・ウーのレーベルから自身のリーダーアルバム『Shiroi』を発表。トム・ミッシュやオスカー・ジェロームと同様、ジョージ・ベンソンを独自に進化させたようなギターを披露している。2020年にはLAのレーベル「Soulection」からEP『Tesuto』を発表した。



そして、シャバカ率いるサンズ・オブ・ケメットでも存在感を示し、チューバという管楽器に革新をもたらしてきたのがテオン・クロス。ダブステップにも通じるベースラインを表現し、ヒップホップやクラブミュージックのセンスも持ち合わせる彼は、シード・アンサンブルに参加するほか、自身のリーダー作『Fyah』(2019年)ではヌバイアやモーゼス・ボイドを交えて、ニューオーリンズ〜ラテン音楽も吸収した先鋭的なサウンドを披露している。


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