露軍拘束の米軍事アナリスト、「強奪・脅迫・地下室監禁」の10日間を語る

目隠しが外されると、そこは狭い部屋だった

やがて目的地に到着した。キーウ北西の郊外にあるホストメリの空港だ。私は、ジャーナリストとしてプーチン政権を批判してきた。こうして空港まで連行されると、ロシアの飛行機に乗せられてグラーグ(訳注:ソ連時代の強制収容所)にぶち込まれるかもしれない、という恐怖が現実味を帯びる。あるいは、もっと恐ろしい運命が待っているかもしれない。だが、空港の滑走路はもはや使い物にならないほど破壊されており、ロシア軍はこの空港を指揮所代わりにしていた。私たちは目隠しをされ、地下の貯蔵庫に連れて行かれた。目隠しが外されると、そこは狭い部屋だった。室内には、引き出しが抜かれた木の机と安物の椅子3脚の他には何もない。

床は汚れていて、空気は冷え切り、湿気でじっとりしていた。肺炎にかかるのは時間の問題だ。助かるかもしれないという希望が消えゆくなか、私とイリーナは息子のことを考えて互いを励まし合った。部屋には時計もなければ、カレンダーもない。そこでイリーナは、フランスの文豪アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』にならって時の計算ができるようにした。1日ずつ壁に1本の縦線を描き、7日目に斜線を引く、という昔ながらの画線法だ。私たちがどれくらい拘束されるかを知るのは不可能だった。誰ひとりとして私たちの拘束の理由、あるいは誰の指示によるものなのかを教えてくれなかった。外の世界の人々は、私たちがここにいることはおろか、生きているかどうかさえ知らないのだ。世が明けると、廊下の反対側の部屋からラジオや電話の音が聞こえてくる。それを聞いて私たちは、捕虜としての1日がまたはじまったことを知った。

英国ケンブリッジでは、息子のアントニオが異変に気づいた。その日は日曜日で、私たちと最後に言葉を交わしてから3日がたっていた。何かがおかしい、と思ったようだ。苦労の末、ようやくアントニオは私たちをゲストハウスに避難させてくれた友人に連絡を取ることができた。息子は、友人の口から恐ろしい事実を聞かされた。

友人は、運転手から私たちがロシア兵に捕えられたことを知った。運転手は私たちと一緒に森に連れて行かれなかったため、翌日ホストメリの空港にも行かずに済んだ。複数の人たちと別の場所に連行されたが、何とか逃げることができたのだ。これは後になって知ったのだが、運転手が友人の家まで戻ってくれたおかげで、友人は私たちがどうなったかを知ることができたそうだ。

アントニオは、私の友人や大学時代の同級生と面識があった。その多くは軍の関係者で、引退後は防衛請負会社や国防総省で働いている。当時息子はまだ18歳だったが、アメリカの官僚制度の仕組みを把握していた。私たちを救出するため、アントニオはすぐに動いた。

まず最初にアントニオは、ロンドンのアメリカ大使館に電話をした。平常心を保ちながら、両親が置かれている状況について話がしたいと申し出たのだ。だが、電話に出た相手は「面会の予約を行なってください」と機械的に突き放した。

そこでアントニオは、私の親しい友人のひとりであるジョン・ショプナー空軍少将に相談した。ショプナー少将は優秀な戦闘機パイロットで、ベトナム戦争では154もの戦闘任務に携わり、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地の司令官まで務めた人物だ。

ショプナー少将は公明正大な人としても有名で、誤解や誤った解釈、あるいは無視に対してはどこまでもストレートに切り込むことで知られていた。

アントニオから話を聞いた次の瞬間、ショプナー少将の頭の中で警報装置が点滅した——それも5万ルーメンの明るさで。少将は、ロンドンのアメリカ大使館に電話をした。後に少将は、当時のことを「大使館側の意識を自分たちに集中させるための軍事演習」と表現した(アントニオがロシア語で認めたメモには「少将はひどく騒ぎ立てた」と書いてある)。

少将の介入は効果てきめんだった。ものの数分もしないうちにロンドンのアメリカ大使館の役員からアントニオに電話がかかってきたのだ。役員は、アントニオをモスクワのアメリカ大使館につないだ。そして幸運にも、国務省は私たちが置かれている状況をその筋の専門家の耳に入れてくれた。

私たちの健康状態や捕えられた場所、現在拘束されている場所の候補地など、アントニオの担当者はとても几帳面で、次々と的確な質問をした。さらに担当者は、捕虜交換または解放に向けての調整が進められていることも伝えた。

それと並行してショプナー少将は、面識のある国防総省の職員に連絡を取り、事態の深刻さを伝えた。私は長年国防総省のコンサルタントを務めており、ペンタゴンには30年以上出入りしている。職員たちにとっても、私は見ず知らずの他人ではないのだ。

Translated by Shoko Natori

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