パンデミック新時代、コウモリ・蚊・ダニの恐るべき伝播力

オーストラリアの小さな街を襲った「ヘンドラウイルス」

1994年、オーストラリアのブリスベン郊外に位置するヘンドラという小さな街で、ひとつの厩舎内の多くの競走馬に原因不明の病気が広がった。馬は混乱状態になり、顔が腫れ、鼻から血の混じった泡を出した。中にはコンクリートの壁に頭を打ちつける馬もいた。数頭は衰弱して死亡した。ほぼ同時期に、厩舎で働くビク・レイルが体調を崩したが、本人はインフルエンザにかかったものだと考えていた。直後に彼は亡くなった。ブリスベンから北へ約965kmの牧場では、別の男性も原因不明の病気にかかった。発作を起こして痙攣し、脳腫脹も併発して入院から25日後に死亡した。結局70頭の馬が感染し、感染した馬や死亡した馬と接触のあった7人が死亡した。

科学者たちが病気の詳細を突き止めるまでに、数カ月かかった。オーストラリア人が「フライングフォックス」と呼ぶオオコウモリが、牧場に生える果樹に集まっていたと見られる。病気の広がった地域には、約2000万年前からオオコウモリが生息している。しかし、コウモリの自然生息地である熱帯雨林は、道路建設や森林伐採、牧場の開発によって分断されてしまった。さらに気候変動によって、コウモリもだんだん食べ物を見つけるのが難しくなってきている。そこで彼らは、人間の住む地域へと移動してきた。オオコウモリは牧場の木々をねぐらにして草の上に尿を撒き散らしたが、そこには未知のウイルスが混じっていた。後にヘンドラウイルスと名付けられることとなる。まず草の上に放牧された馬がウイルスに感染し、そこから飼育員へと感染した。幸いなことにヘンドラウイルスの感染力は低かったため、すぐに感染は収拾した。

このストーリーは、2つの重要な意味を持つ。第一に、感染が典型的な「スピルオーバー式」だという点。中国南部やベトナム北部またはラオス辺りに生息するキクガシラコウモリを起源にするとされる、新型コロナウイルスに通じるものがある。どこでどのようにコウモリからヒトに感染したのかは、具体的に解明されていない。新型コロナウイルスの感染が初めて確認されたのは、2019年末、中国の武漢市だった。だからと言って、ヒトへの最初の感染が武漢だったとは限らない。ひとつの仮説は、洞窟を探検中にウイルスを含んだ生き物の糞に接触した人間が感染し、感染者本人かそこから感染した人が武漢市を訪れた結果、感染拡大が始まったとするものだ。また、最初にセンザンコウなどの生物が中間宿主となったとする説もある。センザンコウはアルマジロに似た動物で、アジアの一部では珍味として食されたり、肉の薬効成分が珍重されている。武漢にある野生動物も扱う市場でヒトに感染したという仮説だ(中国国内の研究所からウイルスが流出したとする説は、完全に誤りだとされた。)「コウモリからヒトへ、どこでどのように感染したかを完全に解明するのは難しいだろう」とプローライトは言う。HIVの場合、1908年にカメルーンにおいてチンパンジーからヒトへ血液を通じて感染した可能性が高い、と結論付けるまでに30年かかった。

Translated by Smokva Tokyo

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