パンデミック新時代、コウモリ・蚊・ダニの恐るべき伝播力

Hyalommaダニの恐ろしさ

他の米国南部地域と同様、ヒューストンではネッタイシマカが定着しているものの、数は多くない。ヒューストンでは2003年に初めてデング熱が流行し、2016年にはジカ熱が急に発生した。ネッタイシマカを継続的に追跡しているビジラントをはじめとするハリス郡公衆衛生部の蚊・媒介生物対策部門のメンバーは、ネッタイシマカが死をもたらす前兆であることを理解している。ネッタイシマカを退治する唯一の現実的な対策方法は、殺虫剤だ。ハリス郡では、大量発生が疑われる場所にピックアップトラックの荷台から殺虫剤を噴霧している。しかしネッタイシマカやその他の蚊は、商用の殺虫剤への耐性を持つようになってきた。「私たちは、蚊との闘いに敗れようとしている」と、ガルベストン国立研究所のスコット・ウィーバーは言う。生まれてくるメス蚊を不妊化する遺伝子操作など、将来有望なテクノロジーが進化するかもしれない。しかし現時点ではネッタイシマカが、最も潜在的で止めようの無い将来の病原体の媒介者として君臨している。アンソニー・ファウチ博士が書いているように、「ネッタイシマカへの感染に成功したウイルスは、数十億人の人間に感染する可能性がある」のだ。

外から見ても分からないかもしれないが、ガルベストン国立研究所は病原体研究の要塞だ。同研究所は、テキサス大学メディカルセンターのキャンパス内にあるその他の施設と並んでいる。外側はコンクリートの壁に囲まれ、屋根には奇妙な形の排気装置がある。それ以外は、学生が化学の授業を受ける建物と変わりがない。内部は、米国内でも有数のバイオセーフティーレベル4(BSL-4)の構造で、エボラ、ニパ、マーブルグなど世界で最も危険なレベルのウイルスを扱っている。


ガルベストン国立研究所で、クリミア・コンゴ出血熱の原因となるダニ(Hyalomma)を研究するデニス・ベント。(Photo by Mark Kinonen/University of Texas Medical Branch)

BSL-4の研究室が、デニス・ベントの仕事場だ。黒々とした口髭を蓄えた肩幅の広いドイツ訛りのベントは、ドイツ北西部の小さな街で生まれ育った。ハノーバーで獣医学を学んだ彼は、生物媒介の感染症に興味を持つ。しばらく蚊について研究した後で、今度はダニの方に興味を惹かれた。

BSL-4の研究室は基本的に、大きな建物内のコンクリートの箱だ。研究室へ入るのは、まるで宇宙空間へ飛び出していくような感じがする。ベントはまず廊下を通り抜けながら清潔な医療用衣を手に取り、更衣室へ入って着替える。次の部屋では、彼が「宇宙服」と呼ぶ清潔なプラスチックのヘルメットと手袋が内蔵された専用のスーツを身に着ける。スーツ内の加圧と呼吸用の空気を送り込むためのエアホースを取り付け、ミシュランマンのようにスーツを膨らます。準備ができたら気密室へと進む。気密室は、危険な病原体と外部とを遮断するための最も重要なバリア役を果たす。そこからさらに気密型の重いドアを2つ通り抜けて、ようやくホットゾーンへ足を踏み入れることができる。

研究室の中で彼は、地中海盆地原産で見た目が華やかなHyalommaダニを研究している。胴体は茶色で、脚には黄色い縞模様が入っている。ニューヨーク州北部で見られる太く短い脚のシカダニよりも、ずっと長い脚を持つ。まるでクモのような姿をしているが、それも不思議ではない。ダニは昆虫ではなく、クモやサソリと同じクモ形類に分類されるからだ。長い脚のHyalommaは、ダニ界のスピード狂だ。YouTube上には、まるでレイヨウを追うライオンのように人の後を追いかけるHyalommaの動画も投稿されている。他のダニと異なりHyalommaは捕食性で、ダニとしては珍しく目を持っている。「Hyalomma」は、ギリシャ語で「ガラスの目」を意味する。ダニの多くはCO2センサーを使って血の匂いを嗅ぎ分けるが、Hyalommaは地面の振動を感じ取ると同時に獲物の影を目視して、近くの人間(または好物である家畜)を追いかける。

Translated by Smokva Tokyo

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