パンデミック新時代、コウモリ・蚊・ダニの恐るべき伝播力

気候危機が招いた「必然」

パンデミックが新たな時代に入った要因は複雑だ。しかしファウチやモーレンスが指摘しているように、主な原因のひとつは気候危機にある。自然界が一変し、地球上の病気のアルゴリズムが書き換えられようとしているのだ。北極圏の永久凍土が溶け出して、これまで何万年も氷の中に閉ざされていた病原体が表に出てきている。19世紀にロンドンやニューヨークなどの大都市で流行したコレラや下痢の原因となるビブリオ菌によって、今なお毎年数万人が亡くなっている。ビブリオ菌は、より温かい水で活性化する。ビブリオ菌の中でもより致命的な菌株であるビブリオ・バルニフィカスは、これまで滅多に見られなかったものの、米東海岸、特にチェサピーク周辺の湾や河口で頻繁に検出されるようになった。菌に汚染された貝を食した場合、激しい腹痛に襲われ、稀に死亡する場合もある。傷口に菌が入ると人食いバクテリアとなり、感染した5人に1人の割合で死に至る。

しかし最も大きなインパクトは、動物を感染源とした新たな病原体の発生だろう。集約農業、生息地破壊、気温上昇により、人間は生物に対して気候危機の鉄則に従って生きることを強いている。つまり、適応するか死滅かだ。当然、より居心地の良い環境を求めて移動する動物も多くなる。4000種類の動物の移動状況を数十年間に渡って追跡したある研究によると、研究対象とした動物の70%が、より涼しく水の豊富な地を求めて移動しているという。中にはかなり長い距離を移動した動物もいる。タイセイヨウダラは、10年間で約200kmも移動した。南米のアンデス山脈では、カエルや菌類の生息地がこの70年間で約400m高い場所へと移っている。アラスカでは、1500km以上も離れたカナダ南東部の寄生虫が野生鳥の皮下に寄生しているのを、猟師たちが発見している(体の大きな動物よりも小さな寄生虫の方が、気温の急激な変化に適応しやすい)。米北部メイン州では、ホホジロザメが突然姿を現している。「自然界の大移動が始まった」と、ソニア・シャーは著書『The Next Great Migration』の中で述べている。「全ての大陸、全ての海洋で起きている」

自然界の大移動によって、これまでに遭遇したことのない動物や人間との遭遇も発生しているようだ。ジョージタウン大学のカールソンは、この現象を「思いがけない出会い」と呼んでいる。異種同士のランダムな遭遇によりウイルスが種を跨いで感染し、新型のウイルスが発生する場合も多い。最近数十年間に発生した新型感染症の大部分は人畜共通病原体によるもので、中でもコウモリ、蚊、ダニが媒介するものが多い。そうやってヒトに感染し、今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにつながった。次は何か? 「正に時の運だ」と疫学者のレイナ・プローライトは言う。彼女は、モンタナ州立大学で新型ウイルスの発生について研究している。ある学説によると、哺乳類と鳥類を宿主とする170万種の未発見のウイルスが存在すると推論されている。未発見のウイルスの内、80万種以上にヒトへの感染能力があると見られる。

「公衆衛生と科学の両方の観点から準備する必要がある」とファウチは言う。「現在の私たちの地球環境への関わり方が、蚊やダニなどの生物が媒介する感染症に大きな影響を及ぼすだろう。私たちの自己責任であることを理解して、準備すべきだ。回復できることもあれば、取り返しの付かない場合もある。(しかし)私たちはリスクを認識し、そのリスクと同等の準備をしておかねばならない。」

(米国は)現時点で準備ができていない。トランプ政権の4年間で公衆衛生のインフラは骨抜きにされ、科学に対する信頼を損なった。トランプはオバマ時代に結成した感染症対策チームを解体し、米国をWHOから脱退させるべく動いた。さらに、世界で最も敬意を払うべき米国疾病予防管理センター(CDC)が出したパンデミック制御のためのガイドラインを無視した。例えばマスク着用など、無数の命を救える可能性のある些細な対策が、政治的なメッセージとして利用された。バイデン次期大統領は軌道修正を約束したものの、2020年の大統領選でトランプへ投票した7400万人もの人々は、ニセ科学やインチキ治療法を一所懸命に信じようとしている。ウイルスは政治とは関係が無いはずだ。しかし米国にとっては違う。新型コロナウイルスの感染拡大から学ぶことがあるとすれば、私たちに将来の問題に対する準備ができていなかったということだろう。

Translated by Smokva Tokyo

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE