パンデミック新時代、コウモリ・蚊・ダニの恐るべき伝播力

「人類は今、パンデミック時代に入ったと言える」

ジョーンズが蚊に刺されてから、約1週間で症状が出始めた。血流に入り込んだウイルスは白血球に取り付き、次々と複製して増殖する。彼女は植物への水やり中に頭がくらくらし、熱が上がった。「何かおかしいと感じた」と彼女は振り返る。発疹が出て、目の裏側あたりに痛みを感じた。さらに関節も痛みだしたという。「まるで自分が、トラックに轢かれた99歳のおばあさんになったかのようだった」と彼女は語る。デング熱は稀に脳腫脹や脳出血を引き起こし、死に至ることもある(デング熱による死者は年間約1万人に上る)。しかしジョーンズの場合は不幸中の幸いで、4、5日後には痛みや熱も引いてほとんど回復した。ところが息子に呼ばれて部屋へ行ってみると、今度は彼の体に赤い斑点が出ていた。彼女はすぐにデングだ、と直感した。

既に新型コロナウイルスにより大きな打撃を受けていたフロリダキーズでは、結果としてデング熱も流行することとなった。

中国南部の原野が起源と見られる新型コロナウイルスは、キクガシラコウモリが媒介して人へと感染した。本稿執筆時点で世界中の感染者数は6300万人、死者数は150万人を記録している。2020年7月時点で感染拡大が世界経済に与えた影響は、8兆ドル(約830兆円)〜16兆ドル(約1660兆円)と試算されている。2021年の第4四半期には(その時点までにワクチンの効果が出ていると仮定しても)、米国だけで16兆ドル(約1660兆円)にまで拡大すると見られる。新型コロナウイルスが引き起こした人的被害の規模は、計り知れない。身内の死、失職、家庭崩壊を経験した人もいれば、ウイルスに感染して症状が長引く人もいる。最終的にウイルスの感染拡大は収まるだろうが、消え去ることは無いだろう。

それでも私たちは幸運だと言える。「もっと酷い状況になっていた可能性もある」と、ガルベストン国立研究所(米テキサス州)で研究担当理事を務めるスコット・ウィーバーは言う。同研究所は、ウイルス研究に関して米国内でもトップクラスの組織だ。新型コロナウイルスは、他の病原体と比較して割と大人しい方だという。伝染性の高い新型コロナウイルスはインフルエンザと比較して致死率も高く、謎の症状が長引く一方で、ニパウイルスのように4人に3人が死亡する訳ではない。また、エボラのように目や直腸からの出血が見られる訳でもない。「もしも伝染性が(コロナと)同等で致死率が75%もあるような病気であれば、人類文明の存続に関わる脅威となるだろう」と、疫学者のスティーブン・ルビー(スタンフォード大学)は言う。

新型コロナウイルスの感染拡大状況は、1918年に発生して少なくとも世界中で5000万人が死亡したインフルエンザの大流行と比較されることが多い。しかしそれも、現在の状況へ向けての序章だったのかもしれない。「人類は今、パンデミック時代に入ったと言える」と、米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ博士は、同僚のデビッド・モーレンスと共同で執筆した論文の中で述べている。論文は、現時点で少なくとも3700万人の死者を出したHIV/AIDSや、過去10年の間に発生した感染症の「未曾有の大流行」を引き合いに出している。H1N1型(豚)インフルエンザ(2009年)、チクングンヤ熱(2014年)、ジカ熱(2015年)と、過去には致命的な感染症の大流行があった。エボラ熱は、過去6年間に渡りアフリカ各地で大流行した。さらに現時点では、ヒトに感染する7種類のコロナウイルスの存在が確認されている。ジャコウネコが感染源とされるSARSコロナウイルスは、2002〜03年にかけてパンデミックに近い広がりを見せた後で収束した。2012年にラクダからヒトに感染した中東呼吸器症候群(MERS)は、ヒトからヒトへの感染は一時的で、すぐに消滅する。そして今度はSARSコロナウイルス2が現れ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を引き起こしている。

Translated by Smokva Tokyo

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE