ポール・マッカートニー×テイラー・スウィフト対談「誰かをそっと支えるような曲を書きたい」

テイラー・スウィフトとポール・マッカートニー(Photo by Mary McCartney for Rolling Stone)


「やりたいこと」と「やってほしいこと」のバランス

ポール:僕もそうだったけど、若い頃は名声や世間からの注目を欲するものだ。ビートルズが有名になる前に、ジャーナリストたちにこんな手紙を送ったこともあった。(シリアスな声で)「僕らはセミプロのロックバンドで、きっとあなたのお眼鏡に適うと思います。僕は友人のジョンと共に、これまでに100曲以上書きました(嘘だったけど)。御社の新聞で僕らのことを取り上げてもらえないでしょうか」みたいなね。当時の僕は、有名になりたくて仕方なかったんだ。

テイラー:下積み時代ですね。そういう時期があったなんて、なんだか嬉しいです。

ポール:うん、誰しもそういう経験は必要だと思う。

テイラー:そうですよね。世間から認知されるようになった後で、そのイメージに縛られることなく何かを作ってみたいと思う時、別名を使うというのはいいアイデアですよね。プレッシャーから解放されて曲を書くのって、すごく楽しいから。

ポール:君にも経験があるのかい?

テイラー:ありますよ。

ポール:そうなのかい? 知らなかったな。それは広く知られていることなの?

テイラー:以前は秘密にしていたんですが、今はもう知られていると思います。Nils Sjöbergっていう、スウェーデン人男性に最も典型的な名前2つを並べた名義で曲を書きました。リアーナが歌った「ディス・イズ・ホワット・ユー・ケイム・フォー」という曲は私が書いたんですが、しばらくの間は誰も気づいてなかったみたい。プリンスが「マニック・マンデイ」を書いた時も、それが彼の曲だって世間が知ったのは何カ月か後だったっていうし。

ポール:うん、それって名声の力を借りることなく自分の実力を証明することでもあるよね。僕の当時の彼女の弟とその友達がピーター&ゴードンっていうバンドにいたんだけど、彼らに曲を提供したことがあるよ。あと、Bernard Webbっていう名義を使うこともあった。

テイラー:(笑いながら)グッドチョイスですね!すごくいい。

ポール:アメリカじゃBernardの発音が違うよね。ファイヤーマン名義でもレコードを作ったよ。ユースっていう名前のプロデューサーと一緒に作ったんだけど、いいやつですごくウマが合ったんだ。彼は僕の初期の作品のミックスをやってくれてて、それがきっかけで仲良くなった。ある日スタジオに行くと、「こんなのはどう?」って言って彼が作ったグルーヴを聴かせてくれてさ。「これにベースとドラムを乗っけてみようよ」っていう彼の提案に乗って、丸一日かけていくつか曲を録った。しばらくの間、ファイヤーマンの正体は誰も知らなかったけど、プレスした15枚は全部売ったよ。

テイラー:すっごいスリリング。

ポール:レコードを売ることが目的じゃなかったからね。

テイラー:自分自身のためのプロジェクトがあるっていうのはすごくいいと思う。2010年か2011年に、私は家族と一緒にあなたのコンサートに行ったんですが、何よりも印象に残ったのはエゴを一切排除したようなセットリストでした。ファンが期待するものを全部披露する、そんな内容でした。新曲もありつつ、ファンが過去に涙した曲、結婚式で使った曲、傷心を癒してくれた曲まで、あなたは全部演ってくれました。あの時以来、ファンの望むセットリストを組むということは私のモットーになったんです。

ポール:君はまさにそれを実践しているよね。

テイラー:今はそうしています。あなたのコンサートから学んだことは、私のキャリアにおいてものすごく重要だったと思っています。私は「ラヴ・ストーリー」や「シェイク・イット・オフ」をこれまでに3億回くらい演奏したけれど、ファンのために3億1回目のパフォーマンスをやろうって思えるようになったから。アーティストはエゴイスティックになることもあれば、私心を捨てられる時もあるけれど、その2つがうまく噛み合うこともあると思うんです。

ポール:子供の頃、ビートルズに入るよりもずっと前だけど、僕はコンサートに行くたびに「あの曲をやってくれますように」って思ってた。聴きたい曲が聴けなかった時は、すごくがっかりしたの覚えてる。僕の家はお金持ちじゃなかったし、そのチケットを買うのに何カ月分ものお小遣いをはたいていたからね。

テイラー:絆みたいなものですよね。ステージ上のアーティストが何を与えようとするたびに、オーディエンスはそれ以上の何かを返そうとする。手が真っ赤になるほど拍手をしたり、声が枯れるほど声援を送ったり。客席であなたのショーを見ながら、私はその繋がりを感じていたんです。あなたがビートルズの曲を演奏すると、父は涙を流していて、母は感動のあまり携帯の操作がおぼつかないほど手が震えていました。私と私の家族だけじゃなくて、ナッシュビルのオーディエンス全員にとって、あれは忘れられない夜になりました。私は辛い経験からよりも、喜びを通じて何かを学びたい。自分が大切にしていることから得た教訓は、ずっと忘れないと思うから。

ポール:素晴らしいね、君がそんな風に考えるきっかけになって嬉しいよ。そういうことをやりたくない人の気持ちは理解できるし、「ジュークボックスじゃあるまいし」なんて言う人がいるのも知ってる。でも僕は、お金を払ってショーを見に来てくれるオーディエンスをがっかりさせたくない。僕らのような立場にいる人は、足を運んだコンサートが期待外れであってもどうってことないかもしれない。でもごく普通の人々にとって、それはものすごく重大なイベントかもしれないんだ。だから僕は、彼らに満足してもらうためにできるだけのことをする。そして君が言ってくれたように、その経験が何かの糧になって欲しい。

テイラー:本当にそうですよね。あとはそのアーティストの現在地を知るためにも、私は新しい曲群も聴きたいって思います。

Translated by Masaaki Yoshida

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