T字路sが語るコロナ禍で見つめ直した原点、結成10周年とふたりの新しい旅路

家で録るけど気合は入れる

―ただ今作は物語性の強い曲もあれば、物語のなかから妙子さんの心情が滲み出てくる曲もあったりと、書き方自体が広がっている感じはありますね。

伊東:はい。楽しく広げられた気がします。もちろん生みの苦しみはあるんですけど、自分に向き合う時間が長かった分、しっかり書いたというか。今回はいつもみたいにふたりでの一発録りじゃなくてバラバラに録ったので、その分、時間はかかったんですけど。でも3カ月も自宅でやっていただけに、今まで以上に曲と向き合った作品になった。向き合う時間が充実してましたね。だから、書いた曲が育っていくような手応えもあったし。

―自分に向き合うしんどさもあるけど、それより充実感が勝っていた。

伊東:うん。とことん向き合うことでしか得られない充実感というか。それは詞もそうだし、演奏もそうだし、歌もそうだし。お互いにもわからないような拘りの追求もできたし。

―例えば?

伊東:例えば、ここのビブラートを3回揺らしたかったのに2回しか揺らせなかったから、歌い直したいとか。そんなのわかんないよっていうような違いなんですけど、そこに拘って突き詰める時間が今回はあったので。一発録りだったら、そういうわけにはいかない。

篠田:一発録りだったら、全体の感じがよければOKですからね。

伊東:そういう拘りがあちこち入っていて。それは篠ちゃんもそうで、ここのベースのフレーズはちょっと気に入らないからやり直すとか、そういうのをとことんやったんです。

篠田:とことんやる手前まではいつもと同じ作業なんですよ。ただ今までは一発録りのために、わりと無難なアレンジにしがちで。無難というか、本番一発録りでとちらないように無茶なアレンジはしないようにしていた。けど今回はそこから先も自分たちで仕上げるってことだから。

―要するに今回は今までのような一発録りじゃなく、それぞれが家で曲と向きあった。それだけに細かいところまで徹底的に拘り抜いて、アレンジ含め試行錯誤しながら制作したということですね。

篠田:はい。で、そうやって拘れば拘るだけさらにいいものになるはずだと思ってやっていたんですけど、これが意外とそうとも限らなくて。やっぱり演奏感みたいなのがウチらには一番大事だなってことに途中で気づいたんです。家でPro Tools使って録るから、キレイに直せるわけじゃないですか。だからベースを弾き込んだやつを何テイクも録るんだけど、結局デモのときに感覚で入れただけのやつがよかったりして、それを最後まで残したりとか。あるいはPro Toolsで直すのをやめて、最後まで弾いて納得いかないときはもう一度最初から弾き直すとか。そういうふうにして演奏感を残すことに拘るようにした。上手くキレイに弾けてるけど、なんか気持ちが入ってないなっていうのは使わないようにしてね。だから結局やってることは一発録りのときとそんなに変わらないんですよ。演奏に向けて、すげぇ気合入れるし。なんで家でPro Toolsで録ってんのにこんな気合入れてやってんだろ?と思いながらも、それも自分たちらしくていいかなと思ってやってましたね。

―振り返ってみると、オリジナルの1stアルバム『T字路s』のときのインタビューでは「直球で作った」と言っていて。「新しい味付けみたいなことはこの先いつかやればいいことで、今の段階では“T字路sとはこういうものだ”というのを見せたかった」と言ってたんですね。

伊東:ああ、そんなふうに言ってましたか。そう考えると、そのとき言った通りになってますね。“新しい味付けはいつかやればいい”っていうのは、今回そうなったので。

―そう。で、前作『PIT VIPER BLUES』は、カバー作品『Tの讃歌』と1st『T字路s』同様ゲストミュージシャンを迎えてはいるものの、ふたりでやれることの可能性もより広げたアルバムだったと思うんです。

篠田:そうですね。1stはどっかバンドアレンジを意識して曲を作っていたけど、前作はふたりで演奏することをベースにして、そこにちょっとゲストのひとたちに上乗せしてもらうくらいの感じで作った。いずれにしても基本はふたりでライブで再現できるものだったんです。

―それに対して今回はというと。

篠田:今回はコロナでライブができるかどうかもわからないしっていうのがあったから、ライブのことは考えずに頭のなかにある音を再現すべく作ろうと。例えば「クレイジーワルツ」みたいな曲にしても、今までだったらライブでやることを考えて、ふたりで再現できるアレンジにしていたんですけど、今回はそういうことを取っ払って、作品は作品として完成させようという意識で作ってましたね。

―ライブでどういうふうにするかは、あとで考えればいいだろうと。

篠田:そう。だから、ライブを前にしていま困っているという(苦笑)。

伊東:いままでは作品とライブで曲のイメージが変わらないようにってことをどっかで考えていたけど、今回はそうじゃなかったので、ライブのアレンジがガラッと変わらざるをえない。

―今作を聴いて僕が思ったのは、T字路sらしさに向き合いつつも、「らしさ」から外れることを恐れずに新しいことにも挑戦しよう、っていうことをやったアルバムじゃないかと。しかもそれを、ゲストを入れてやるのではなく、ふたりだけでやっているという。だから、広がったところと原点回帰的なところの両方あるアルバムだなと思ったんですよ。

篠田:確かにそうですね。

伊東:それは意識してそうしたというよりも、状況も相まってそうなった感じなんですけどね。

篠田:でも結果的によかったと思う。この先作っていくにしても、ライブのことを考えたアレンジだけで作り続けていたら偏ってきちゃうだろうし。こういう発想もありだよなってことは、今回やってみて思いましたね。

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