T字路sが語るコロナ禍で見つめ直した原点、結成10周年とふたりの新しい旅路

変わること、変わらないことへの挑戦

―一発録りじゃない作り方をした理由として、もうひとつ。僕は、妙子さんが1曲1曲をもっと丁寧に歌いたくなった、今までの歌唱法をひとまず置いてヴォーカリストとしてもっと上の段階にいきたいという気持ちがあったんじゃないかというふうにも考えたんですが、どうですか?

伊東:ああ、それもでも、やっていくうちにというか。たまたまこれだけ時間があったから、ここまで取り組めたんだと思っていて。振り返ると20歳くらいから20年くらい歌ってきて、1stアルバムの段階でもう、それまでと違うふうに歌ってみることを考えていたけど、そんなにうまくいかなかった気がしてたんですね。で、2ndアルバムでちょっとはうまくできたかなって思って。今作では、より張らない歌い方ができた。というのも10曲目の「ロンサム・メロディ」がいい例なんですけど、自分が一番合うと思っているキーで歌ったら全然面白くなかったんですよ。全然耳に引っ掛からなかった。それで3つくらいキーを落として、低い声で張らずに歌ってみたら、意外と物語を感じられる歌になった気がして。



―だいぶ低いですけど、あえてだったんですね。この曲に限らずですが、やっぱりヴォーカリストとして私はもっと違う歌い方もできるんだ、それをやるんだという意識が今回強かったんじゃないですか。

伊東:そうですね。曲にもっと命を吹き込めるひとになりたいというか。曲にもっと深みをもたせられる歌い手になりたいっていう思いは強かったかな。

―『T字路s』のインタビューのときに、「私の歌はまだまだ伸びる」って、妙子さん、言ってたんですよ。

伊東:言ってましたか(笑)。そうですね。そこから数年経って、また新たな一段階があったと思います、今作は。

―まず、巻き舌唱法をもうやってないですよね。前作の段階で既にほとんどやらなくなってましたけど。そういう歌い方はやめようって気持ちがあったんですか?

伊東:ありましたね。

―どうして?

伊東:なんか恥ずかしくて。粋がってんなー、みたいな。まあ明確な理由はわからないんですが、そういう歌い方が自分でかっこよく思えなくなったからじゃないですかね。粋がりすぎというか、どっか不自然に感じるようになったんです。

篠田:でも、そういう歌い方が合う曲ができたら、恥ずかしく思わずに歌えるんじゃない? 女優みたいなもので。

伊東:ああ、なるほど。

篠田:できてくる曲があの頃の目線とは変わってきてるから、巻く必要がないというか。

伊東:いいこと言うねえ。そうだね、恥ずかしいからとかじゃなくて、巻く必要がないんだね。

篠田:うん。だから、いつかまたそういう曲も作りたくなるかもしれないし。

―そうですよ。それにかつての「泪橋」みたいに、巻いて歌うのも妙子さんの魅力だと思うし。

伊東:前は必要以上に巻いてたからね。巻き巻きだったからね。特にラ行は全部巻いてたから。そうするとあれだよ、「涙のナポリタン」も♪ナポルィッターン、ってなっちゃうよ(笑)。

―はははは。篠田さんはベースの弾き方に関して、変えようと意識したところとかあるんですか?

篠田:それはないですね。初めは、一発録りではできなかった複雑なラインとかを入れてやろうと思っていたんですけど、真逆になりました。

―以前インタビューしたときに「なるべく弾かないように心掛けている」というふうに言ってましたよね。「弾きすぎるとどうしても自分の色が出ちゃうから」と。

篠田:うん。それもあります。弾かないにこしたことはない。

伊東:「弾かないにこしたことはない」かぁ……。そう言えるのはすごい。

篠田:けっこう弾いたテイクもあったんですけど、それを使わなかったということは、やっぱり自分で合わないと思ったからで。歌を邪魔しているというかね。だから、自分の美学で言うと、必要最小限入っていればいいというか。デモを渡されて、何もフレーズをつけないで、ぶっつけで弾くのが一番しっくりくるようなところがあるんですよ。今回の録り方だったらいろいろできるからいろいろやってやろうと思ってたけど、結局、一層弾かなかったですね。

―T字路sではそうだけど、COOL WISE MANではもうちょっと弾きたいという気持ちはあるんですか?

篠田:それも歳とともに変わってきていて。WISE MANの初めの頃は弾きまくってるんですよ。でも自分のなかで納得のいくベースを弾けるようになったのは最近のことで、もう本当に弾かなくなってますね。ルートと5度くらいで成立させられるのが美しいと思って。

―じゃあ、T字路sにおいての篠田さんのスタイルというよりは、ベーシストとしてのスタイルってことなんですね。

篠田:そうですね。自分がほかのひとを見ていても、弾かないひとに惹かれるところがあるので。

―例えば?

篠田:ドナルド・“ダック”・ダンがそうだし。憧れているジェームス・ジェマーソンは弾きまくるひとですけど、職人肌なところが好きで。あとは歌いながらベース弾くひとっているでしょ。スティングとかポール・マッカートニーとか。ああいうひとのラインって力が抜けてるじゃないですか。そういうのを参考にしたりもしますね。最近の風潮としては、すごいベーシスト、スーパー・ベーシストみたいなひとがもてはやされるじゃないですか。それはそれでベース業界ではいいんでしょうけど、自分にはピンとこないというか。ライブ観たあとになって、“そういえばあのベースもよかったな”って思われるくらいが理想ですね。目立っちゃダメ。そう思ってます。

―たまには歌ってみよう、なんて考えは……。

伊東:あ、今回はでも、篠ちゃんのコーラスが2曲で入ってるんですよ。生まれて初めてだよね。

篠田:そう。人生初の(笑)。

―どうでした?

篠田:「涙のナポリタン」で、「シンギン!」って妙ちゃんの声が入るじゃないですか。これはオレに歌えってことかなって。何回もプレイバックしてたら「シンギン!」「シンギン!」って洗脳されてきて、それでやってみました(笑)。やってみたら、意外とそんなに恥ずかしくなかった。



―ますますライブが楽しみになりました(笑)。妙子さんは、ヴォーカル、1曲につき何テイクくらい録ったんですか?

妙子: すごい録ってますよ。多いのだと何テイクくらいだろ。まず、歌いだしが肝なんですよ。歌い始めて一音めの入りが気にいらないと、とめてやり直しちゃう。一音、二音でやめちゃうテイクがいっぱいありました。そういう意味では、100テイクとか録ってるものもあるんじゃないですかね。

―マジすか?!

伊東:はい。ギターもそう。さっきも話に出ましたけど、要するにエディットをしないということをしているので、間違ったら最初からやり直すという。

篠田:だから最後の最後に間違えると本当に悔しいんですよ。

伊東:そうそう。あと、自宅で録ってるから、最後の最後にジャーンって伸ばしてるところで、バイクがブーンって通ったりすることがあるんですよ。そうするとまた最初からやり直しで。

篠田:なんか夜の10時くらいに、必ずすげえでかい声で歌いながらチャリンコで通るひとがいて。

―それ、妙子さんなんじゃないですか?(笑)。

伊東:私じゃない私じゃない(笑)。

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