フットボールアワー後藤が語る、本気の「ギター愛」

後藤輝基(Photo by Masato Yokoyama, Styling by Takashi Shimaoka)



お笑いの世界に入る前はスペースシャワーTVに熱中

ーギターが上手く弾けるようになると、友達に披露したりしてましたか?

後藤 高校になると中学のときより楽器やってるやつが多くて、高校入って友達になったやつの家に行ったら、「俺買ってん」ってストラトが置いてあったりして。通販の2万くらいのね。それで、「エレキ教えてや」みたいなことは多かったです。バンドやってるやつもいて、友達が軽音部に入ってたから、文化祭でバンドやると、「キャー!」って言われるわけですよ。「何やねん」と思いつつ、僕は一人で、クラブにも入ってないから、そんなんできなくて、悔しい。で、「よっしゃ!」と思って、APX持って、校舎の中の階段で「弾きまーす!」って歌ったんは覚えてます。そうしたら、ブワーって人が集まってきて、先生に「ここでやるな! グラウンドの端まで行け!」言われて、結局一人、みたいなこともありましたね。ひさしぶりに思い出したなあ。

ー当時はバンドをやろうとは思わなかったんですか?

後藤 そっちには行かなかったですね。長渕さんが入りだったんで、まずは長渕さんのディスコグラフィーを遡るじゃないですか? 当時はレンタルCDを借りて、ラジカセでダビングして。で、「じゃあ、長渕さんは誰を聴いてたんや?」ってなって、ボブ・ディランを知り、それも聴いてみる。で、「他にボブ・ディランを聴いてた人は誰なん?」ってなって、井上陽水さんを聴いてみる。そんな感じでしたね。MTVで当時の最先端の音楽とかも流れてて、その頃はレッチリとニルヴァーナとか、そういうムードも何となく感じつつ、でも僕はやっぱりフォーク寄りでした。

ーそんなフォーク好きだった後藤さんがエレキに興味を持つきっかけは?

後藤 ずっとアコギばっかりやったんで、リードギターみたいなんは弾けないわけです。当時速弾きとか流行り出しても、「速いから何やねん」みたいな。「ギターだけ」っていうよりは、長渕さんの歌が乗っかった、あのギターの音が好きって感じやったんで、バンドでみんなで音合わせてイェー!みたいなんはあんまりピンとこてなくて。だから、「リードギター弾けるようになったらええけどな」くらいの感じで、高校は卒業して。で、大学行こうと思ったけど結局行けず、フリーターみたいになって。時間はある、金はない。お笑いの世界に行きたいけど、なかなか一歩が出ず。っていう頃に、暇やからケーブルテレビでスペースシャワーTVばっかり見てたんですよ。そこにBLANKEY JET CITY(以下、ブランキー)が出てきて、衝撃を受けたんです。

ー何がそんなに衝撃だったのでしょうか?

後藤 もちろん、3ピースバンドは他にもいっぱいいましたけど、リズムもリードも歌いながらやる浅井さんがすごくかっこよかったんです。「リード弾きながら歌ってるやん!」っていう、長渕さんとはまた全然違うベクトルで衝撃を受けて。もちろん、曲そのものも衝撃で。「左ききのBaby」の“誰とでも寝るような そんな女の子が好きさ”で、「どんな始まり方やねん!」って。長渕さんと一緒で、もちろんブランキーの存在は知ってました。でも、当時ミッシェルとかも火が点いて、ロックシーンがブワーって盛り上がってた、あの頃のスペースシャワーTVをしょっちゅう見てた影響は大きかったと思いますね。「3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ」でリード弾きながら歌ってるのとかも、びっくりしました。ギター・ベース・ドラムがいて、ヴォーカルはスピーカーに足をかけて、マイク持ってワーっていう、そんなんだけじゃないんだなって。

ーじゃあ、そこからまたブランキーのディスコグラフィーを遡っていった?

後藤 そうですね。ロカビリー、サイコビリーとか、そんなんを遡って、ストレイ・キャッツを聴いたり。好きになると、そうやって遡って聴いてました。だから、僕の勝手な二大巨頭が、長渕剛さんと浅井健一さん。「こっち好きな人が何でこっちも好きなん?」って思う人もいると思うんですけど、僕の中ではスッと通るんですよね。

ーやっぱり「ギターだけ」じゃなくて、歌とギターとどっちもあって成立してる人がお好きなんでしょうね。

後藤 そうそうそう。で、どっちもすごいテクニシャンじゃないですか? あれにはホントビビったなあ。

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