ザ・カーズからプロデュース業まで リック・オケイセックの生涯とロック史への貢献

プロデューサー/ソロ・アーティストとしての目覚め

カーズでの活動と並行して、リックのプロデューサーとしての活動が盛んになっていくのも1979年頃から。この年に手掛けたスーサイドのシングル「Dream Baby Dream」と、翌1980年のセカンド・アルバム『Suicide』は、彼らがカーズのオープニング・アクトを務めたのをきっかけにして生まれたコラボ作だった。スーサイドの所属レーベル、ZEレコードはミュンヘン・ディスコ寄りのダンサブルなサウンドを望んでいたらしいが、リックはグループの個性を踏まえてミニマルなサウンド作りに徹することを選んだ。



リックとスーサイドとの関係はこれっきりではなくて、その後もアラン・ヴェガをエレクトラ・レコードに導いてソロ作『Satun Strip』(1983年)、『Just A Million Dreams』(1985年)を続けてプロデュース。さらにスーサイド名義の『A Way Of Life』(1988年)と『Why Be Blue』(1992年)、マーティン・レヴのソロ作『Cheyenne』(1991年)をプロデュースした他、1996年にはアラン・ヴェガ、ジリアン・マッケインのポエトリーをフィーチャーした実験的なコラボ作『Getchertiktz』に取り組むなど、長年にわたって彼らの活動をサポートし続けた。2011年にカーズの再結成アルバム『ムーヴ・ライク・ディス』をリリースした際にも、ベスト・バイ限定盤のボーナス・トラックとして、スーサイドのカバー「Rocket USA」を収録する念の入れようだ。

成功の真っ只中にいながら、カーズは3作目で、ダークでトータル性の高いアルバム、『パノラマ』(1980年)に取り組む。前2作のポップさは極端に抑えられ、ロイ・トーマス・ベイカーの存在感もますます後退。エクスペリメンタルな要素の増加とリズム解釈の大きな変化に、スーサイドから受けた影響を見出すことも可能だろう。本作からは「タッチ・アンド・ゴー」が全米37位を記録した程度でヒット・シングルは出なかったが、過激な内容の割にアルバムは5位まで上昇した。ちょうど本作のツアーで80年秋にジャパン・ツアーが実現したこともあり、日本のファンにとっては特別なアルバムだ。




ザ・カーズとして最初で最後の来日ツアーで開催された、1980年10月30日、東京・中野サンプラザ公演のライブ音源

『パノラマ』で針を振り切った後、カーズは地元のボストンに自身のスタジオ、シンクロ・サウンドを設立し、新作のレコーディングに集中。ロイ・トーマス・ベイカーと組んだ最後のアルバムである『シェイク・イット・アップ』を81年にリリースした。器材の進化にともなって打ち込みの比率が増える一方、ロックンロールのシンプリシティに回帰した感がある本作は、曲のバラエティが豊富で多彩な分、過渡期的な印象を与える。「裏の意味がまったくない、超シンプルな曲」とデヴィッド・ロビンソンが説明するタイトル曲、「シェイク・イット・アップ」は全米シングル・チャートの4位まで駆け上がった。



この頃、ポップ・ソングを再解釈する作業がリックの中で進んでいたようで、1967年にザ・ナイトクローラーズが小ヒットさせた「Little Black Egg」のカーズ・バージョンを録音している。当時はアルバムに収められなかったが、リヴ・タイラーの母として知られるベベ・ビュエルが発表したEP『Covers Girl』(1981年)に同じオケを提供、ベベがヴォーカルを入れ直した。このEPにはイギー・ポップ「Funtime」のカバーでもバンドごと参加しており、カーズ・ファン必携の重要レア・アイテムだ。なお、「Little Black Egg」と「Funtime」のカーズ・バージョンは、後に編集盤『Just What I Needed: The Cars Anthology』(1995年)で日の目を見ている。

プロデュース作で言うと、同じく1981年にロミオ・ヴォイドが発表したシングル「Never Say Never」は、プロデューサー=リック・オケイセックの認知度を高めた1曲。デボラ・アイオールの語りかけるような歌唱、弛緩したギターの響き、サックスのリフが印象的なこの曲は、USダンス・チャートで17位に食い込むスマッシュヒットとなった。音の“間”を活かした構成に、リックの意匠が窺える。



この1982年に、リックはゲフィンとソロ・アーティストとしての契約を結び、アルバム『ビアティチュード』を発表する。当時プロデュースしていたニュー・モデルズのメンバーなど若手と、グレッグ・ホークスやジュールズ・シアーら友人たちが参加したこのアルバムは、若い頃に没頭していたビート文学へのオマージュもタイトルに込めた、パーソナルな内容になっていた。『パノラマ』から地続きのアルバム、という印象でエッジィかつやや暗めではあるが、リックの緻密な音作りとシンガーとしての魅力を存分に味わえる作品。テクノロジーと正面からつき合いながらもパーソナル、という意味では、2020年代に再評価されそうな作品の筆頭と言えそうだ。


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