石若駿の足跡を辿る、日本のジャズと音楽シーンの人物相関図

石若駿(Photo by Tamami Yanase)

 
ここ数年の日本の音楽を追っている人なら「あれ、またドラムが石若駿……」と思ったことがあるはずだ。millennium paradeやくるりに参加し、星野源や米津玄師、KIRINJIやRYUTistの楽曲で叩いていたかと思えば、君島大空や中村佳穂、KID FRESINOとも密接にコラボしている。直近ではSADFRANKの1stアルバム『gel』に貢献し、椎名林檎のツアーに同行。メジャーとインディー、もしくはジャンルの垣根を超えて、石若駿はキーパーソンであり続けている。

それと並行しながら、彼は自分のホームであるジャズの世界で、「日本一忙しいドラマー」として中心的な役割を果たしてきた。同世代や「ポスト石若世代」との交流はもちろんだし、10代にして現在80歳の巨匠・日野皓正にフックアップされた石若は、「秋吉敏子さん以外(の大物)はほとんど共演させてもらった」と語っているくらいベテランとの共演も多く、オーセンティックからフリージャズ系まで幅広く共演している。

しかも、日本のトップ・ミュージシャンを集結させた音楽コレクティヴのAnswer to Remember、フォーキーでパーソナルな歌ものを追求するSONGBOOK PROJECT、アヴァンギャルドで攻撃的なSMTKなど自身のプロジェクトも幅広く展開し、キャッチ―な歌ものをハイレベルな演奏で届けるCRCK/LCKSの一員としても活躍。クラシックや現代音楽の演奏も多く、最近ではAIとの共演パフォーマンスも実現させている。

このインタビューでは、「石若駿の人物相関図」をテキスト形式で作成すべく、これまでのキャリアを振り返りながらアーティスト同士のつながりを辿り直すことにした。Answer to Rememberを率いて2年連続で出演する、Love Supreme Jazz Festival(以下、ラブシュプ)のラインナップにも馴染みのある面々が多く参加している。石若駿を中心に据えた日本の音楽シーンの地図として、ラブシュプの予習として、長く参照されるべき資料として読んでもらいたい。


Answer to Remember with HIMI, Jua
(DAY1・5月13日出演)
石若によるプロジェクトがMELRAW(sax)、佐瀬悠輔(tp)、中島朱葉(sax)、馬場智章(sax)、海堀弘太(key) 、若井優也(pf)、マーティ・ホロベック(b)、Taikimen(perc)と共に2年連続でラブシュプ出演。今回はmillennium Parade「Fly with me」のボーカルも務めたシンガーソングライターのHIMI、ラッパー/モデルのJuaがゲスト参加する。



ジャズシーンでの世代を超えた交流

―石若さんの出発点は札幌で、子供の頃から一緒に演奏していた地元のミュージシャンがたくさんいるんですよね?

石若:まず、今はニューヨークから帰ってきた馬場智章と、現在もニューヨークで活躍している寺久保エレナ、パーカッション奏者の二階堂貴文。それと、最近は板橋文夫さんのバンドをやっているトランペット奏者の山田丈造

―10代の頃からの仲間である馬場さんと、今では『BLUE GIANT』の音楽を一緒にやってると思うとすごいですね。

石若:そうですね、馬場とかエレナとは20年来の付き合いです。ジャズシーンと離れたところだと、the hatchの山田みどりが同じビックバンドの同級生で、彼は最近だとGEZANにも参加していますよね。そんな感じで、小学4年生の時からずっと遊んでた人たちが、みんなそれぞれ音楽シーンで頭角を現している。


馬場智章
(DAY2・5月14日出演)
2016年から4年間「報道ステーション」のテーマ曲を自身も所属するバンドJ-Squadで手掛ける。アニメ映画『BLUE GIANT』で、主人公 ”宮本大” の演奏を担当。ラブシュプは昨年のDREAMS COME TRUE feat. 上原ひろみとの共演に引き続き2年連続出演。佐瀬悠輔(tp)、デイビッド・ブライアント(pf, keys)、マーティ・ホロベック(b)、松下マサナオ(ds)ともに出演決定。



寺久保エレナ(as)とBoys(石井彰、金澤英明、石若)の共演ライブ映像(2016年)


the hatch、GEZANの自主レーベル「十三月」主催のイベント『全感覚祭』でのライブ映像(2018年)

―そのビッグバンドってどんなものなんですか?

石若:小学生を対象にしたSJF JUNIOR JAZZ ORCHESTRAと、中学生のClub SJFの2つが札幌ジュニアジャズスクール中にあって、僕は小4〜中2まで参加しました。中3の春休みの時に、同じ施設である札幌芸術の森に、バークリー音楽大学の先生方であるタイガー大越さんやジョアン・ブラッキーン、ヤロン・イスラエルがセミナーで教えに来て。僕や馬場、エレナがそこで奨学金を貰って、高2の時にバークリーのサマーキャンプに参加したんです。そのときに行ったボストンではウォレス・ルーニー・ジュニアや、テイラー・マクファーリンの妹(ボビー・マクファーリンの娘)のマディソン・マクファーリン、あとは世界的スターになったチャーリー・プース、UKジャズのヌバイア・ガルシアいった同世代と一緒でした。


写真右が石若。バークリーのサマーキャンプでは、ヌバイア・ガルシア(上)、チャーリー・プース(下)と同じアンサンブルだった。

―それって、ドラマーの中村海斗さんも行ったという札幌のサマーキャンプのこと?

石若:そうです。トランペット奏者の曽根麻央もそこで出会って。彼は千葉に住んでいたけど、タイガーさんに習いたくてそのセミナーに参加していて、それで同じクラスになって友達になりました。他にもトランペットの石川広行さん、(渡辺)貞夫さんのバンドでベースを弾いている粟谷巧も同じクラスでした。あとは、大林武司さんも広島から来ていて。その後も、札幌に来た時は僕の家にいつも泊まって、公園でサッカーしてましたね。


曽根麻央のライブ映像(2021年)、井上銘(gt)も参加


大林武司トリオのライブ映像(2022年)。ホセ・ジェイムズや黒田卓也とのコラボレーションや、MISIAのバンドマスターとしても活躍する大林は、ベン・ウィリアムス(b)、ネイト・スミス(ds)とのトリオ「TBN」でのビルボードライブ東名阪ツアーを6月に開催する。

―東京に出てからは?

石若:高田馬場のJazzSpot Intro(以下、イントロ)と、西麻布アムリタっていう、エレクトリック神社の店長が前にやっていた店があるんですけど、その2つでやってたセッションがまずは大きかったですね。

アムリタでTOKUさんが深夜にやってた「TOKU's Lounge」っていうイベントがあって、そこには海外のミュージシャンもよく遊びに来てたんです。TOKUさんに「駿、今日はベン・ウィリアムスが来るからアムリタに来いよー!」と言われてジャムしたり……っていうのが、高校1〜2年の頃ですね。ロイ・ハーグローヴも来てましたし、ケイシー・ベンジャミンとセッションしたのも覚えています。「Body and Soul」とか吹いていて、めっちゃカッコよかった。

―それはすごい。

石若:当時、ディジー・ガレスピーの最後の方のドラマーだったトミー・キャンベルが日本に住んでいたから、トミーとアメリカ時代に交流のあった人たちが会いに来ていたし、ジーン・ジャクソン(ハービー・ハンコックのドラマー)もアムリタによくいたから、そういうコミュニティがあったんですよ。トニー・サッグスがいたり、ドミニク・ファリナッチが来たり。2008〜2009年くらいの話ですね。

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TOKUと石若(2017年)


ケイシー・ベンジャミンはロバート・グラスパー・エクスペリメントでの活動で有名


トニー・サッグス(pf)は昨年のラブシュプにAnswer to Rememberの一員として出演。上掲のライブ映像では黒田卓也、MELRAW、新井和樹(King Gnu)、佐瀬悠輔(tp)、トモキ・サンダース(sax)、中島朱葉(sax)、海堀弘太(key)、マーティ・ホロベック(b)も演奏している。

―日本人では当時、どんな人たちと交流があったんですか?

石若:イントロに行けば若井優也楠井五月菊池太光福森康がいました。僕が当時16〜17歳だから、彼らは24歳前後くらい。当時、彼らに怒られまくってましたね(笑)。セッションすると「そんなんじゃだめだ」みたいな。当時の僕は音楽のことよりもドラミングの方にフォーカスしていたから、アンサンブルがうまくいかなかった。当時のイントロではブラッド・メルドーの『The Art of the Trio』みたいにスタンダードを変拍子でやるアプローチが多かったので、そこではホルヘ・ロッシ(メルドー・トリオの最初のドラマー)的なドラムが模範となる存在だったんです。

―3人で即興しながら、繊細にアンサンブルを組み上げていくような感じ。

石若:そうそう。でも、当時の僕はクリス・デイヴだったり、ケニー・ギャレットのバンドでのジャマイア・ウィリアムスがブッ叩きまくってるのが好きだったので合わなかったんです。でも、今は若井さんと一緒にトリオをやってるので、ようやく同じ共通言語で喋れるようになったんだと思います。

あと、名古屋のライブハウス「STAR★EYES」のマスターである岩城正邦さんが、東京の若手を名古屋に呼んでブッキングをする企画をやっていて。それに高校2年生の僕とエレナがよく呼ばれたんです。その頃に、当時20歳くらいの宮川純渡辺翔太と出会って、今でもずっと一緒にやってます。岩城さんがいなかったら、こんなに早く出会えてなかった。


宮川純のリーダー作『The Way』(2015年)、石若が参加


若井優也(pf)、楠井五月(b)、石若によるトリオの演奏(2020年)。若井はAnswer to Rememberの一員として今年のラブシュプに出演する。


渡辺翔太(pf)、若井俊也(b)、石若のトリオによる演奏。渡辺は4 Aces with kiki vivi lilyの一員として今年のラブシュプに出演する。

―石若世代は10代の頃からずっと関係が続いているんですね。もっと年上はどうですか?

石若:バンドを通じて、いろんな人たちと知り合ってきた感じですね。オマさん(鈴木勲:日本のジャズを代表するベーシスト、2022年3月死去)と初めてライブができたのは、TOKUさんのブッキングのおかげ。一緒にカルテットをやるようになってからオマさんとの距離がだんだん縮まって、KAMOME(関内のライブハウス、2018年に閉店)でオマさんがやっていたギター・ワークショップにドラマーとして誘われて、そこで市野元彦さん吉田サトシ荻原亮天野清継といったギタリストたちと知り合ったり。それが高校3年生とか大学1年生の辺り。

その一方で、金澤英明、石井彰とのBoysは15年もやってるし、日野皓正さんとは小学5年生から交流があるし。

―日野さんも含めて、かなり上の世代のジャズミュージシャンとも広く共演していますよね。

石若:結構やりました。渡辺貞夫さんとも1回あります。ラジオのために1日で12曲くらいを録りました。あとは大学2〜4年生の時に峰厚介さん山口真文さんのバンド、ケイ赤城さんのトリオも一時期やってましたね。


日野皓正クインテットのライブ映像(2021年)、馬場智章と石若も参加


Boysのライブ映像(2017年)

鈴木勲と石若のツーショット

 
 
 
 

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