ドミ&JD・ベック、超絶テクニックの新星が語る「究極の練習法と演奏論」

ドミ&JD・ベック

 
ドミ&JD・ベック(DOMi & JD BECK)の噂はじわじわと広がっていった。YouTubeやInstagramにアップされた動画を観たとき、キーボード奏者のドミとドラマーのJD・ベックによる演奏は想像をはるかに超えていた。超がつくほどテクニカルなだけでなく、越境的なセンスも抜群だったからだ。アンダーソン・パークやサンダーキャット、アリアナ・グランデらを魅了した才能に僕もすぐにハマっていた。

彼らが自分たちの名義でデビューアルバムをリリースすると聞いたとき、楽しみに思う一方で、少しだけ不安もあった。バカテク演奏系のYouTuberが録音作品を発表して、残念な結果に終わった例をいくつも見てきたからだ。誰もがジェイコブ・コリアーのような成功を収めるわけではない。とはいえ、その心配は杞憂に終わった。


アンダーソン・パークとドミ&JD・ベック

アンダーソン・パーク主催の新レーベル「APESHIT Inc.」とジャズの名門ブルーノートのダブルネームでリリースされた『NOT TiGHT』には、これまでに聴いたことがないような音楽が収められている。リズムもハーモニーもあらゆる部分が高度かつ挑戦的。カート・ローゼンウィンケル、ブラッド・メルドー、ジャコ・パストリアスからアラン・ホールズワースまで研究し、その先にある表現を目論む野心がしっかりと聴こえてくる。さらに、その難易度をポップに昇華させる不思議なセンスや、それを楽曲としてまとめる構成力をもつことも彼らは示した。それは明らかにサンダーキャットやルイス・コール、モノネオンらが開拓してきた地平の先に生まれたものだ。

様々な音楽の要素が入り混じってはいるのだが、2人はそれを「ハイブリッド」と感じさせない、まだ名前のついていない音楽に仕上げている。ドミ&JD・ベックの音楽は何かの融合体というよりは、端的に「2人の演奏」であり、「作編曲と即興演奏」の独特なコンビネーションによって、ジャンルの羅列による説明を無効化する新たなインストゥルメンタル音楽を提示している。『NOT TiGHT』が2022年最大のハイライトのひとつだったのは誰の目にも明らかだ。

第65回グラミー賞では、最優秀新人賞を含む2部門にノミネート。今から来日も待ち遠しい2人に、いよいよ話を聞く機会を得た。



曲づくりにおけるハードな挑戦

―プレスリリースにあった、「僕らはスナップショットをアートにすることを望まなかった。何か新しいことをしたかったんだ」というJDの言葉がとても印象的でした。アルバムを作ろうと思ったとき、お二人にはどんな青写真がありましたか?

JD:何か自分たちらしいものにしたかったんじゃないかと思う。これぞ自分たちのものだって言えるもの。幅広さがあって、自分たちが聴きたいと思う作品にね。一緒にやり始めたときからにどんな音にしたいかはお互いに分かっていたから、それを全部出し切りたかったんだ。

ドミ:「彼らは自分たちの音を作っているよね。でも、その音に囚われていない」って言われたかった。

JD:そう、まさにそんな感じ。



―『NOT TiGHT』はすべてオリジナル曲です。スタジオ・アルバムなので、これまでの動画よりも作り込むことが可能だったと思います。『NOT TiGHT』での作編曲のプロセスについて聞かせてください。

JD:ソングラインティングというアートに敬意を抱きつつ、3分もの長尺ソロがあるようなインプロビゼーションの名作アルバムにも憧れてきた。僕たちはできるだけベターな形で、その二つを組み合わせようとしているんじゃないかな。大体セクションごとにしっかり曲を書いていて、その場の即興で作られている感じがあまり出ないように、インプロのための空間は注意深く作るようにしている。一方で、リハーサルを重ねているような感じがしないようにもしているね。ミステリアスな感じにもしたいから。

ドミ:曲を書くモードなのか演奏するモードかにもよるけど、書くときはしっかり書いているかな。できるだけがっつり書く。でも演奏するとき、つまりリハーサルやライブではなるべくその曲想を広げていく。書いたように演奏するけど、つまらなくならないように広げてもいくという感覚。常に自分たちとリスナーを驚かせたいから。

―作曲する際に「ライブで再現できること」もしくは「自分の楽器で演奏可能なこと」は考慮していますか?

JD:自分たちは決して自分たちの担当している楽器で作曲をするわけじゃないし、2人ともハーモニーに関してもリズムに関しても役割を均等にしている。何もかも均等。だから曲を書くときは、彼女のパソコンに向かってメロディを歌い合ったり、一緒にコード進行を考えたりして、2人でしっかり書いていく。作品ができあがったなと思ったら、それをしっかり覚えてから演奏を始めるんだ。書くときは脳から直接書いていく感じ。

ドミ:脳から直接Sibelius、Logic、あるいはAbletonに入れて、MIDIを使って作業する。絶対に楽器では書かないことにしているんだ。筋肉の記憶があるから、(楽器を使いながら作曲すると)自分が前に演奏したもの、演奏できるものを演奏しがち。それをしたくないから、自分たちの耳に聴こえてくるものじゃなきゃいけないと思っている。

JD:それが「脳から直接」ってこと。筋肉のことは忘れなきゃいけないんだ。

―「楽器は使わない」というのは今回のアルバムに関してですか? それとも、これまで曲を書くときもずっとそうだった?

JD:ずっとそう。ネットにあげてきたクリップとか動画も楽器に向かう前に書いたもの。それが僕らにとっては自然だったんだ。2人だけだし、できるだけ親密なものに仕上げるのが自然だと思った。

―頭の中にあるものを出力するということですが、頭の中ではどういう感じで音楽が鳴っているんですか。譜面とか映像とか……。

JD:音かなぁ。

ドミ:私は色。実際にある青とか赤とかそういうのではないけど。異なるテクスチャーの音楽っていうか……。

JD:そう、色々想像するんだと思う。メロディとかいろいろなものが頭にある。どこから来るものかはわからないけど、それは脳が不思議な動きをしているからなのかな。でも、頭の中で感じたことを手始めにやっていくと、それが最終的に自然と曲になっていくんだよね。

ドミ:たくさんのアーティストやスタイルを聴いていて、色々な影響を受けているから、それが全部融合しているのもあると思う。無理やり組み合わせようとするのではなく、無意識のレベルでね。

JD:そう、「この曲の15%はR&Bじゃなきゃいけないね」って意識的なものではないよね。サウンドにしてもテンポにしてもあまり考えないようにしているっていうか、どうするのかは後で決める。そうしているおかげで、多くの人が曲づくりで直面する問題と無縁でいられるんだと思う。



―楽器を使わないってことですけど、曲を書くときにそれを楽器で再現・演奏できるものにしようとは考えているんですか?

ドミ:いいえ。

JD:しないね、だいたいは……。

ドミ:(実際に演奏する段階になってから)苦しむ。

JD:でも、それは無意識的にわざとやっている気がする。自分たちに挑んでいるっていうか。難しくしようと思っているわけではないけど、自分たちがもともと演奏できる範囲のアルバムにはしたくないんだ。できるだけクールなものに仕上げたいから。

ドミ:挑戦できる要素があるのはクールだと思う。アルバムを仕上げると「じゃあライブで演奏しないといけないね」ってなるから。たとえば「SMiLE」が仕上がったとき、すぐにかなり先回りしないといけないってわかっていた。メロディをレコーディングするだけで大変だったのに「ベースの音をどうにかしないと、きっと足でなんとかしないとだな」って思った。私たちはそういう困難に立ち向かうのが大好き。曲を書くときに何の制限もかけないのは、演奏するのが大変であればあるほど楽しくなるから。

JD:そう、面白いことにもっと楽しくなるんだ。もし本当に演奏できなかったらライブでは演奏しない。でも何とかレコーディングはしてみる。とにかく限界まで自分たちを追い込むだろうね。それこそ、ドミは実際にライブで演奏できるようにするために、新しい楽器を学ばなければならなかった。

ドミ:実を言えば、「演奏できないからライブで演奏しなかった」というのは今までなかったんだけどね。例えば、スヌープ・ドッグに毎回ライブに来てもらうことはできないから、他の人にラップしてもらうっていうことはしない。でも、私たちのパフォーマンスに関しては、いつも何らかの形でライブ演奏できる方法を模索してきた。

JD:今のところね。

ドミ:もし、本当に努力してリハーサルしてもダメそうだったら、アルバムに入れないかな。自分たちとしても高い水準を求めているし、優れたサウンドにしたいから、うまくいかなかったらほかの事をすると思う。でも確実にチャレンジはする。

JD:そう、僕らはかなり努力してきたからね。

Tag:
 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE