戦後のガールポップ誕生伝説、伊東ゆかりと語る江利チエミ



田家:伊東さんが選ばれた江利チエミさんの2曲目、1958年の「さのさ」です。これ、よく選ばれたなって。

伊東:なぜかというと、昔、浅草に国際劇場がありましたよね。前川清さんとジョイントをすることになって何かやってみたいことあるって言われたとき、私芸者さんに一度なってみたいって言ったんです。三人娘で舞妓さんの映画を撮ったときに似合わなくて笑われちゃったので。ゆかりのその顔は芸者の方が合うって言われて。笑われたのがすごく悔しくて、いつか芸者さんになってみたいと思っていたので「芸者さんになってみたい」って言ったんです。それで民謡か和風の歌う曲として、構成の方がチエミさんの「さのさ」とか「明治一代女」「八木節」とかいろんな曲を持ってきてくれた。民謡の歌手の方の歌はとても難しいって感じでしたけど、チエミさんの曲を聞いたら「あれ、なんか私でもちょっと歌えそうかな」と思って。国際劇場で芸者さんの格好をして「さのさ」と「明治一代女」を確か歌いました。「八木節」は自分のコンサートで面白いからずっと歌っていましたね。

田家:「さのさ」のこぶしっていうんですかね? チエミさん独特のジャズと民謡が一緒になっているみたいな。

伊東:最後の2コーラス目か3コーラス目が好きで。色っぽいっなと思って。

田家:今、曲がかかっている間に、スタジオの向こう側にいる『オールタイム・シングル・コレクション』を作ったソニーの加納さんが、ゆかりさんがデビューしたときに「第2の江利チエミ」ってキャッチフレーズだったんだよって教えてくれました。

伊東:私はコロムビアとビクター両方試験を受けて落っこちちゃって。チエミさんがちょうど高倉健さんと婚約して「私歌手辞めます」って言ったときで、キングレコードさんが第2の江利チエミを探していたところに進駐軍で歌ってる女の子がいるらしいよって拾ってもらったんです。それで「クワイ河マーチ」のときのキャッチフレーズで「第2の江利チエミ」とかがついてたんじゃないかな。

田家:なるほどね。お父様同士の繋がりとは別にキングレコードは期待されていたんでしょうね。

伊東:あははは。かも(笑)。チエミさんよりすごく私は無愛想だったから、みなドテッとなったんじゃないかな(笑)。

Rolling Stone Japan 編集部

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