エルヴィス・プレスリー再考 黒人音楽との関係、後世に与えた影響を今こそ紐解く

エルヴィス・プレスリー、1955年撮影(Photo by Popsie Randolph)

 
エルヴィス・プレスリーの生涯を描いた、バズ・ラーマン監督の伝記映画『エルヴィス』が大ヒット上映中。キング・オブ・ロックンロール再評価の機運も高まるなか、ここでは彼の音楽性を読み解くうえで欠かせないブラック・ミュージックとの関係、後世のアーティストに与えた影響について、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。





エルヴィスの黒人音楽に対するリスペクト

早世とはいえ、42歳で亡くなるまでの紆余曲折がありまくる濃い人生を、どうやって1本の劇映画に落とし込むのか。その名を知らぬ人などいない巨大なポップ・アイコンのキャリアを、2022年の今、どのような切り口で描くのか。その2点を気にしながら『エルヴィス』に向き合ったファンは多いはずだ。結論から言うと、監督がバズ・ラーマンと聞いて想像していた通り、『エルヴィス』は絢爛豪華なエンターテインメント大作に仕上がった。

主演のオースティン・バトラーが全力で演じるエネルギッシュなエルヴィス像に対し、本作のもうひとりの主役にして語りべであるマネージャー、トム・ハンクスが演じるトム・パーカー大佐の謎めいたキャラクターが実に印象的。米国人であると偽っていたが実際はオランダ出身で、自身のペルソナを作り上げて音楽業界に入り込むことに成功したパーカーの視点で、回想録のような形をとっている。


エルヴィス(オースティン・バトラー)とトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)
© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

そうした形式を選んだことも新鮮だが、エルヴィスの音楽性に興味があるファンは序盤から胸の高鳴りが止まらないだろう。彼が1954年に録音した「That’s All Right」の本家であるアーサー“ビッグ・ボーイ”クルーダップ(1946年録音)や、「Hound Dog」(1952年録音)をエルヴィスより先にヒットさせたビッグ・ママ・ソーントンなど、初期のエルヴィスを語る上で欠かせないアフロ・アメリカンのシンガーが次々に登場してくるのだ。

『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』での時代を越えた、ぶっ飛んだ脚色で知られるバズ・ラーマンだが、本作ではエルヴィスの“史実”をある程度研究した痕跡が窺える。中でもエルヴィスが少年期を過ごした故郷のミシシッピ州テュペロで、酒場で歌うクルーダップを目撃するシーンはスリリング。確かにエルヴィスはクルーダップの演奏を「じかに見たことがある」と発言しており、彼のブルース体験がどのようであったのか想像を巡らせ、わかりやすく視覚化することに成功している。しかもここでクルーダップを演じるのは、グラミー賞常連の敏腕ギタリスト、ゲイリー・クラークJr.だ。

テュペロの黒人居住区に隣接する地区で育ったエルヴィスが、地元の教会で熱狂的な礼拝を体験するシーンも強烈。裕福でない白人一家で育った南部の青年が、ブルースや黒人の教会音楽に刺激されながら個性を育んでいく過程が想像しやすくなった。シスター・ロゼッタ・サープ(ブラック・キーズのダン・オーバックがプロデュースしたヨラが演じている)や、若きB.B.キング、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノやマヘリア・ジャクソンも登場。脚色はされているが、音楽ファンにはよく知られていたエルヴィスのこうした側面が、劇映画の中でしっかり描かれた点には拍手を送りたい。




ヨラがシスター・ロゼッタ・サープを演じた経験について語る、米ローリングストーン誌のインタビュー動画

もうひとつ重要なのは、エルヴィスがメンフィスのローカル・レーベル、サン・レコードからデビューした、インディ出身のシンガーであったことにも触れているところ。これもファンにはわざわざ説明する必要のない“史実”だが、インディ・ロックを80年代以降のものと思い込んでいる人には改めて説明が必要だ。白人なのに黒人のブルースを取り上げて歌うエルヴィスのスタンスは、50年代初頭の時点では、まだ非主流であった。エルヴィスは旧来のカントリー・ミュージックからも多大な影響を受けていたが、それとは一線を画す折衷的なサウンドが生まれた背景には、白人と黒人が交流していた音楽都市、メンフィスの特性が大きく関係している。

初期エルヴィスが在籍していたサン・レコードの経営者であるサム・フィリップスは、もともとは1940年代にアラバマ州マッスル・ショールズでディスクジョッキーをやっていた人物。彼は白人だが、自分の番組では黒人の曲も積極的にオンエアしていた。そのフィリップスが1950年、メンフィスで開業した「メンフィス・レコード・サービス」は、贈答用に記念品としてレコードを作る録音サービスを展開。これがサン・レコードの出発点となった。そのスタジオで黒人ミュージシャンたちのレコーディングを進め、B.B.キングやハウリン・ウルフ、ルーファス・トーマスなどを次々に手掛けていく。そんなフィリップスのところにやってきた無名の白人歌手が、エルヴィスだったのだ。


エルヴィスがサン・レコードに残した音源、彼が影響を受けた同レーベルの音源をまとめたプレイリスト

『エルヴィス』がブラック・ミュージックとの“関係”を丁寧に描いているのは、エルヴィスが「黒人の音楽から搾取してきた」という批判に対して、バズ・ラーマンなりにアンサーする意味合いもあったはず。エルヴィスがデビューしたのは1954年だが、たとえば翌55年にはファッツ・ドミノが「Ain’t That A Shame」(全米35位)をリリースしてヒットの兆しが見え始めると、これにぶつけるように白人のパット・ブーンが同曲をカバーして同年5月に早速リリース、本家以上に売れてしまう(全米1位)ということが起きている。ラジオでオンエアされにくい黒人のヒット曲を白人が横から頂戴して大儲けする……というマーケティングと、エルヴィスの行ないが果たして同質だったのかどうか、議論の余地は大いにあるだろう。筆者は劇中でエルヴィスがファッツ・ドミノを形容して「彼こそがロックンロールのキング」と絶賛する場面に、この発言を入れることにしたラーマンの“見解”が透けて見えるように感じた。

 
 
 
 

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