遅咲きのカントリー・シンガー、スタージル・シンプソンが「変身」できる理由

新型コロナの影響でツアーが中止、自身も感染者に

シンプソンを単純な方法で評価すべきではない。彼の音楽には、ヴァイオリンとスティールギターをフィーチャーした伝統的なカントリー・ミュージックのリフを、独自のやり方でメインストリームへと回帰させた功績があるのは明らかだ。彼自身の楽曲が流されることはないだろうが、彼のおかげでクラシックなカントリーが再びラジオに戻ってきた。『Metamodern Sounds』と、続く2016年のアルバム『A Sailor’s Guide to Earth』は、決して大ヒット作とは言えない。しかし、当時のカントリー・アルバムの中では評価が高く、広く影響を与えた作品だった。アルバム『Sound & Fury』のリリース後は「シンプソンがカントリーのルーツを捨てて転向してしまった」と酷評する声もあったが、その後、正統派のカントリーアルバム『The Ballad of Dood & Juanita』が非難の声をかき消した。『Dood』アルバムは、将来的にもいかなる批判をも黙らせる力を持つだろう。







ナッシュビルでの出来事は妻のサラを激怒させたが、シンプソンは気に留めていないようだった。「俺は自分を、とことん甘い奴だと思っている」とシンプソンは言う。彼の言うことは、ほとんど真実だ。

「2種類のスタージルがいるのよ」とサラは言う。「双子みたいなものね」

「だから俺と結婚したんだろう?」と彼は笑う。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)

シンプソンは冷蔵庫からコーラを出してきてグラスに注ぐと、サラにひと言告げて筆者を「道場」へと連れ出した。自宅からでこぼこ道を少し歩いた場所にある道場へ向かうと、飼い犬のバーンも我々の後を付いてきた。こぢんまりとしているが中は広々としたワンルームの建物で、引き戸を開けて中に入ると、ウェイトトレーニングの器具やレイア姫(キャリー・フィッシャー)の等身大パネルがあり、枕をたくさん備えたロフトベッドも1台置いてある。もしも深夜に帰宅して妻を起こしたくない時は、ここで寝られそうだ。彼は家での父親としての時間を大切にするため、自宅にスタジオを作る気はないようだ。「ここが地球上で一番落ち着ける場所なんだ」とおどけた口調で言うと、部屋の真ん中にあるウッドテーブルへ歩きながらバーンを呼び寄せる。ここは彼にとって本当に快適な場所のようだ。以前家族が暮らしていたナッシュビルのマンションでは、住所情報が流出したために27人のファンが押しかけるという事件も起きたから、なおさらだ。

『Sound & Fury』をリリース後に、シンプソンはタイラー・チルダーズと共にアリーナツアーをスタートして、12回のコンサートを行った。ツアーは50公演以上予定されていたが、コロナですべてが止まってしまった。しかし彼はそう気にしていないようだ。「俺はアリーナのステージへ戻れなくても構わない。最前列まで50mも離れているステージになんか立ちたくないのさ」と言う彼だが、2021年3月には新型コロナウイルスに感染して入院する羽目になった。道場は落ち着いた雰囲気で、彼も今ではすっかり回復している。2019年の『Sound & Fury』はタイトル通り個人的なフラストレーションを発散するエクササイズで、ライブで演奏するのは、彼自身が想像していたよりもメンタル的に厳しいものだった。

「たくさんの感情を吐き出した」とシンプソンは腰掛けながら言う。テーブルの上に置かれたビニール袋の中には、彼自身が最近切り落としたガラガラヘビの尻尾が入っていた。彼は時々尻尾を取り上げて、いじっている。「大人しいカントリーのアルバムで自分の感情を表現するのは難しいと感じていた。当時の俺が感じていた辛辣さと歪んだ見方が必要だった」

『Sound & Fury』は、ツアーメンバーとデトロイトのモーテルに滞在していた2週間で書き上げた。アンプのボリュームを目一杯上げて演奏していたため、外でパトカーのサイレンが聞こえた時は、てっきり騒音の苦情が出たのだと思った。しかし実は、駐車場で人が刺されたために警察が駆けつけたのだった。楽曲のアニメMV制作のため、シンプソンは日本へ6、7回渡航した。海軍時代に彼は日本で従軍していたため、今でも多くの友人がいる。アルバムを聴いた彼のカントリー・ミュージックのファンは、テレキャスターというよりバンドのテレヴィジョンのようだとして、控えめに言ってもかなり激怒した。「ファンの多くが失望したり、受け入れなかったのもよく理解できる」と彼は言う。「予想通りだったし、むしろそう仕向けたのさ。俺のアイデンティティと俺の音楽を、自分の手に取り戻したかったからね」

Translated by Smokva Tokyo

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