遅咲きのカントリー・シンガー、スタージル・シンプソンが「変身」できる理由

カントリー・ミュージック界のアウトロー

自宅の中は、グラミー賞を受賞したミュージシャンというよりも、子ども中心の生活感が漂っている。部屋を見回しても楽器といえば、古いアップライトピアノが1台置かれているだけだった。シンプソン曰く「不気味な」音しか出ないピアノだという。壁には子どもたちの何かを記録したカラフルなグラフが描かれた紙が貼られ、フックには子どもたちのガラクタがぶら下がっている。ガレージに置かれた冷蔵庫はステッカーだらけで、スナック菓子も山盛りだ。キッチンアイランドの上には、サラが街で仕入れてきたさまざまな物が散乱している。シンプソンは緑色のキャンドルホルダーを見て、まるでイカのようだと表現した。甲羅に島を背負った巨大なカメを描いた水彩画を見ると、ファンの誰もが2014年のヒットアルバム『Metamodern Sounds in Country Music』に収められた「Turtles All the Way Down」を想像するだろう。



シンプソンは、家のキッチンでのんびり過ごすのが気に入っている。「子どもたちは、今の俺の姿しか知らない」と彼は言う。それでもこの2年間で彼は、影響力の大きな現役カントリーミュージシャンというだけでなく、オールラウンドでクリエイティブなアーティストとしての一面を窺わせる一連の作品を世に出してきた。これまでの「アウトロー」的なイメージとは異なり、エクスペリメンタルなデヴィッド・ボウイといった印象も受ける。2019年9月に彼は、グラミー賞にもノミネートされたロックアルバム『Sound & Fury』をリリースすると、マーゴ・プライスのアルバム『That’s How Rumors Get Started』を共同プロデュースし、アルバム『The Ballad of Dood and Juanita』ではトラディショナルな音楽を聴かせている。またシンプソンは、俳優としてスコセッシの映画にも出演する。さらにパンデミック中にも、彼自身が「ヒルビリー・アベンジャーズ」と呼ぶブルーグラスの最高のミュージシャンを集めて自分の作品をリメイクした、『Cuttin’ Grass』の2つのプロジェクトもこなしている。プロジェクトにはシエラ・ハル、ステュアート・ダンカン、マイク・バブ、スコット・ベスタル、ティム・オブライエン、マーク・ハワード、そして長年組んでいるドラマーのマイルズ・ミラーらが参加した。『Cuttin’ Grass』でシンプソンは、ブルーグラスを通じてあらゆるジャンルを超越できることを証明した。コロナ禍で家に閉じこもっているファンにとって、わくわくするプレゼントになった。



「シンプソンは、間違いなく強烈なアイデンティティを持ったアーティストよ」と、マンドリンの名手でシンガーソングライターのシエラ・ハルは言う。「どんなジャンルをプレイしても、彼のサウンドになる。音を聴いたらすぐにシンプソンだとわかる。ソングライティングが中心になっているからだと思う。彼はロックアルバムも作れるし、ブルーグラスのバンドとも共演できる。しかも、楽曲はそれぞれのジャンルに沿った本格的なやり方で表現されている。素晴らしい才能よ」

アルバム『Metamodern Sounds in Country Music』をリリースした2014年はブロ・カントリーの全盛期で、シンプソンにとって望ましい状況だった。当時のスターの一人、ルーク・ブライアン(カウボーイハットを被らず、ロックテイストの濃い音楽を鳴らしていた次世代スターの一人だった)を批判したくても、カントリー・ファンは誰も言い出せなかっただろう。そんな時は本物のカントリーを知っているシンプソンに頼めばいい(2014年のローリングストーン誌のインタビューでシンプソンは、「俺をカントリーの象徴に祭り上げ、モダンカントリーを批判させようというジャーナリストも多い。でも、俺にそんなことを期待されても困る」と語っている)。

しかしシンプソンこそが、次世代の価値観を掲げ、新しい扉を開いたアーティストだった。カントリー・ファンには保守層が多いが、シンプソンは銃規制に賛同の意を示し、同性愛差別、人種差別にも反対している。カントリー・ミュージック協会をはじめ、カントリー界とは折り合いが良くない。「きつい肉体労働を経験したミュージシャンにとって、人前に出るのは苦ではない」とシンプソンは言う。

Translated by Smokva Tokyo

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