遅咲きのカントリー・シンガー、スタージル・シンプソンが「変身」できる理由

「音楽のキャリアが終わっても、迷わずに別の道を行ける」

何年もかけて自身の「ブランド」を築き上げてきたアーティストが、現在の地位を捨て去るのは、どんなに怖いことだろう。しかしシンプソンは、変化を恐れない人間だった。おそらく、彼のキャリアが30半ばまで低迷していたからかもしれない。彼は海軍に従軍し、鉄道で働き、傷つき疲弊しながら働き続けてきた。天性に恵まれて音楽の世界に飛び込んだ彼だが、音楽(つまり名声)がなくても生まれ変われるだろう。だからこそ彼は迷わずに、これまでのキャリアを否定したり恩知らずだと捉えられかねない行動に出られるのだ。彼にはアーティストの「スタージル・シンプソン」になる以前に、自分が何者かを知る機会があったのだ。

「スタージルは、クリエイティヴに変身できる人だ」と、映画『Queen & Slim』を監督し、ビヨンセやリアーナのMVを監督した経験を持つメリーナ・マツーカスは言う。シンプソンは、同映画に警官役で出演している。「彼と最初に出会った時は、正直に言って彼の音楽をよく知らなかった。彼は自分の子どもが誕生した数日後に、空港から直接オーディション会場へ駆けつけた。ろくに睡眠も取れなかった彼だが、フラストレーションと極度の疲労と興奮をすべてぶつけて演じた。あんな演技はそれまでに見たことがない。オーディションが終わるとすぐに彼は、ハリウッド・ボウルでのコンサートのリハーサルへ向かった。父親から役者になり、さらにミュージシャンへと、エレガントに変身できる人がこの世にいるなんて、信じられなかった。変身ではないかもしれない。彼自身が生まれ持った素質だ」とマツーカスは証言する。マツーカスは、音楽をキャリアのひとつとする以前に「シンプソンが生きた多くの人生」の一部に貢献した人物のひとりだと言える。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)

「俺が音楽の道に入ったのは、普通は引退を考え始める年齢だった。だから音楽のキャリアが終わっても、迷わずに別の道を行ける」とシンプソンは言う。「真剣に取り組むまでもない仕事を判断するのは、とても簡単だった。俺は肉体労働の生活で既に疲れ切って、世の中を斜めから見ていた。他人にとっては、自分が逝った時に残るものだけが重要だ、ということがわかったよ。死んでから40年経った時に、どこかの誰かが自分の曲をフォルクスワーゲンのCMに使ったりする。そんな先のことまで自分で管理できない。だから、死後のことを心配しても仕方がないのさ」

「とにかく俺はラッキーだった。2014年にカメやドラッグの曲を書いている奴なんていなかったからね。さもなければ、砂利の駐車場で簡易トイレを探すような生活をしていただろう」と彼は肩をすくめる。

筆者の車が停めてあるワッフルハウスまでジープで送ってもらうため、我々は道場を出た。シンプソンに「今、自由だと感じるか?」と尋ねてみた。彼は足を少し引きずりながら歩く。正にカウボーイの歩き方だ。飼い犬のバーンが我々の後を付いてきて、時折気持ちよさそうな草地に寝そべっている。シンプソンは、ガラガラヘビに気を配りながら進む。

「真剣に、きゅう舎を建ててラバを何頭か飼って、糞の処理なんかをして暮らしたいと考えている。たぶん今後はシングル曲しか出さないだろうね」

Translated by Smokva Tokyo

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