遅咲きのカントリー・シンガー、スタージル・シンプソンが「変身」できる理由

マーティン・スコセッシから学んだこと

「この8カ月間はずっと、カウボーイの親玉として生活してきた」とシンプソンは言う。「同時に、それに伴う闇も見えてきた。」

ある日曜日、彼は曲作りのために、100年前のディッソン製アコースティック・ギターを抱えて引きこもっていた。2日後に、アルバム用の楽曲が出来上がった。彼が「ヒョウのように」家の周りをウロウロしているのを見たサラは、バンド仲間と楽器を持ってカウボーイ・アームズ・ホテル・アンド・レコーディング・スパへ集合したらどうか、とシンプソンに提案した。妻は、シンプソンの中でアイデアが沸き立っているのを感じ取ったのだ。10年以上前の話になるが、夫婦が西部で暮らしていた頃、ナッシュビルに引っ越すべきだと主張したのは妻のサラだった。シンプソンのアルバムのほとんどは、ある意味でコンセプトアルバムだと言えるが、叙情詩的で最初から最後まで一貫したストーリー仕立てになっているアルバムは初めての試みだった。祖父ドゥードと祖母ファニータの人生に基づく架空の物語だが、シンプソンは祖父が聴いたらきっと笑い飛ばされるだろう、と思っている。自分の家族と人生にまつわる伝説や物語、それから自分の中のノスタルジアに思いを巡らすひとつの方法だと言える。言い伝えがどこまで本当かなど問題ではない。要するに、『The Ballad of Dood & Juanita』はひとつのラブストーリーなのだ。

「マーティン(・スコセッシ)と仕事をして学んだのは、彼はストーリーを組み立てる際に、自分の意に反するものは排除して無駄を削っていくやり方だ」とシンプソンは言う。「目指すべき本当の目標は、できる限り少ない曲数でストーリーを語らせるということさ」

コロナ禍が幸いして、ヒルビリー・アベンジャーズのメンバーは即座に集まることができた。しかも「Juanita」のギターソロは、ウィリー・ネルソンが直接送ってくれた。シンプソンはアルバム全体を、キャンプファイヤーの「匂い」がする作品にしたかったという。肩の怪我の痛みをこらえてラバに乗り、相棒の犬と一緒に、かつては自分が持っていたものを一生懸命に取り戻す旅に出る。架空の物語だとわかっていても、どうしてもシンプソンの姿を重ね合わせてしまう。



祖母のファニータにアルバムを聴かせた時、彼女は何も言わなかったという。「ただ俺を抱き寄せて、涙を流した」とシンプソンも神妙な口調になった。彼は、アルバム全曲を演奏する機会があるとは期待していなかったが、音楽番組『オースティン・シティ・リミッツ』に出演することが決まっている。

アルバム『Dood』は、シンプソンが常々口にしていたように、5枚組の最後の作品にあたる。彼と妻のサラは、2013年のデビューアルバム『High Top Mountain』(アルバムのタイトルは、彼の親類の多くが埋葬されているケンタッキー州の墓地の名前に由来する)から始まる、5枚のアルバムによる一連のシリーズを想定していた。5枚のアルバムを通じて、「前世から受胎、出産、経験と苦痛、そしてまた光の下へ回帰するか生まれ変わるという、人間の魂の変遷」を完全に表現したという。

そして彼は今、「スタージル・シンプソン」ではなくなろうとしている。

「スタージル名義のアルバムはこれが最後だ」と、シンプソンは道場の外にあるデッキへ向かい、タバコを指で巻きながら言う。工事の騒音がうるさくない時は、彼はデッキに座って森を眺めながら長い時間を過ごす。「5枚で終わりだ、とずっと言ってきた。ただ、口にしたことを守るべきかどうかも迷った。しかし1枚出すごとに、重荷を支えていくのが辛くなってきた。いずれは音楽的に信頼のおける仲間たちと正式なバンドを組んで、クリエイティヴな部分を皆で話し合いながら作り上げていく組織の一部になりたい。俺の名前を前面に出さずに済むのであれば、ある意味で俺はもっと弱い存在でもいいだろう」とシンプソンは語る。彼の頭の中には、既に何人かのメンバーが浮かんでいる。そしてバンド名もあれこれ考えている最中だという。

Translated by Smokva Tokyo

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