ウッドストックからトゥモローランドまで 悲惨な結末を迎えた音楽フェス5選



1999年 ウッドストック
1999年のウッドストックは1969年のオリジナルや1994年の記念公演と比べ、極めて荒々しい状態で開催された。この年は、当時のトレンドであったハードロックや、メタリカ、コーン、リンプ・ビズキットや、政治的に過激な主張の目立っていたレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどが目玉として出演を予定していた。ローリング・ストーン誌のジェニー・エリスクが当時行った取材記事では、ウッドストック’99は「『平和や愛や相互理解の何が面白いんだ?』という質問に、顔面へのパンチを食らわせてくるような世代たち」を象徴していると書かれている。この年のフェスで発生した問題は、仮設トイレの行列だけではとても済まなかった。会場となったグリフィス空軍基地の舗装された道路は、連日の日差しで強烈な熱を放ち、会場中で飲み水が不足する事態を引き起こした。自分で飲み物を用意してこなかったフェス参加者たちは、会場で売られていた水がボトル1本で4ドルだったことに驚愕していた。また、ホラーコア・デュオのインセイン・クラウン・ポッシーはステージ上から観客に向けて100ドル札をばら撒いており、人が殺到する事態になった。チケットの本人確認がまだなかった時代にはフェイクの入場用リストバンドが大量に出回っており、主催者側の予測を遥かに上回る観客がフェス会場に押し寄せていた。また、男性の観客が女性の観客をレイプしていたなどという報告も数多く寄せられた。


Photo : Joe Traver/Newsmakers/Getty

この年のフェスは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズによるジミヘンの「Fire」のカバーに触発された観客たちが実際に会場内に火を放ち、幕を閉じた。カナダのトロント・スター紙のコラムニスト、ベン・レイヤーはフェスの終了後に「ウッドストック’99がまるでナンセンスで目的のない暴力に終わってしまったことに驚きを隠せない。いや、どうだろうか。考えてみれば、このフェスのあらゆる側面、プログラムは怒れる若い男の激情に満ち満ちていたし、会場は少し前まで核兵器が保管されていた場所だ。アルコールとドラッグによって自我を失った人々、『蝿の王』の終盤のような火の手、アナーキズム。これらは60年代のヒッピーたちに対し、まさに90年代を象徴するものだったと言える」と記した。

Translated by Kazuhiro Ouchi

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