バイきんぐ、2年ぶりの単独公演と結成25周年イヤーを語る

左から小峠英二、西村瑞樹


ー小峠さんは東京でやることに憧れはあったんですか?

小峠:東京への憧れというよりも、大阪にこだわってなかったですね。でも、東京に来ても全然ダメでしたね。

西村:大阪の時に同期の芸人だったやつらは、東京に来てすぐ、ワタナベ(エンターテインメント)に入って。そのツテでナベプロに入ったら、最初は調子よくてすぐ深夜の『虎の門』(テレビ朝日系)っていうテレビ番組に出させてもらったんですよ。でもナベプロを辞めて吉本に戻ったり、フリーの時が3年くらいあったんです。そこからSMAに入って『あらびき団』(TBSテレビ系)に出させてもらったのが、8年振りのテレビでしたね。その8年間、一切テレビに出てなかったです。

ー大阪と東京ではお笑いの文化やウケるものの違いって感じられたりしましたか?

西村:大阪は吉本の劇場しかないですからね。東京は色々なところに劇場もあるし、色々な場所でお笑いのライブがあるんだなっていうのにびっくりしましたね。よくわからん人がやってるライブとかあるんです。

小峠:そこらへんのおっさんがやってるやつな。

西村:ほんでなんかノルマだけは取られて。結局、話によるとその主催者がそのノルマでハワイ旅行に行ったって(笑)。

小峠:金だけ摂取されて。ひでーな(笑)。

ー小峠さんは東京と大阪のお笑いの違いについてどう感じられますか?

小峠:あるのかなあ? 大阪だと事務所は吉本か松竹かってなるわけですよね。東京は本当に大小様々なプロダクションがあるので、受け皿は広い気がしますけどね、あとは、大阪だとやっぱり関西弁ありきみたいなところがあるんですけど、東京はU字工事とか博多華丸・大吉さんみたいに色々な方言が飛び交ったりしている。そこが違うかもしれないですね。あれが例えば大阪だったら、そこまで受け入れられてはなかったんじゃないかなって思います。東京はいろいろな地域の人や方言を受け入れる土壌が違うような気がしますね。

西村:さっき小峠が関西弁を喋るようにしてた話があったけど、それは漫才だけで。コントをやる時だけは、最初から僕ら標準語でやっていたんですよ。標準語の方がおもしろそうだなって。だから、東京に来てコントをやる上では全く違和感がない感じでしたね。

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