『あの頃ペニー・レインと』公開20周年、監督が明かす制作秘話

撮影現場でのクロウとペニー・レイン役のケイト・ハドソン(Photo by Neal Preston/Dreamworks pictures)



「可愛いダンサー」のシーンが共感を呼んだ理由

ー「可愛いダンサー」のシーンが多くの人の共感を呼んだ理由は何だと思いますか?

クロウ (キーグリップの)ハーブ・オルト、そして(照明のチーフテクニシャンの)ランディー・ウッドサイド、そしてバスの上に組んだクレーンから撮影したカメラクルーの功績は大きいね。そういう方法で浮遊間のある画を撮ることができたから、編集に頼り過ぎることなく、どこか夢見心地なムードを作り出せたんだと思う。それに、あの映画は音楽を愛する気持ちを描いたものだし、音楽が人々を再び結びつける媒介になっているんだよ。

ー「もう帰らないと」「あなたが帰る場所はここよ」というラインが即興だったとは驚きです。

クロウ 僕がその場で思いついて、「試してみよう」って提案したんだ。あの場面で学んだことは大きかった。自分が映画の世界の一部になって、登場人物がすぐ隣にいるように感じられる。彼らの発する言葉がリアリティを帯び、観客にまっすぐ届くんだよ。

ー「可愛いダンサー」は当時、現在ほど人気のある曲ではありませんでした。

クロウ 大ヒットしたわけじゃなかったけど、あの時代のムードを見事に捉えた曲だと思う。エルトン・ジョンは作品を観てこう言ってくれたんだ。「素晴らしい。“可愛いダンサー”は今でも私のお気に入りだからね、とてもうれしいよ」。何年もの間、彼はショーであの曲をプレイするたびに、映画について触れてくれていたんだ。「この曲は『あの頃ペニー・レインと』がきっかけで有名になった」ってね。そんなことをする人は滅多にいないよ。彼は最高さ。



ースティルウォーターのその後について考えたことはありますか? ヘアメタルに転向したり、アルバムをリック・ルービンがプロデュースしたりするのでしょうか?

クロウ 『Farrington Road』(スティルウォーターの3rdアルバム)で、彼らは新しいことに挑戦し始めてた。ジャケットに自分たちの写真を使わなかったりね。あれ以降はコンセプトアルバムに挑戦したかもしれない。「Fever Dog」や「Love Thing」のヒットを経て、彼らなりの『海洋地形学の物語』を作ったかもしれないね。

それは(ジェフ・)ベイブが主導権を握った2枚組アルバムなんだけど、ラッセルが手がけたクールなインスト曲も多く収録されてる。でもセールス的には大失敗に終わるんだ。バンドは解散して、メンバーは何年もの間疎遠になる。再結成を何度も試みて、80年代にアルバムを1枚くらい出したかもしれない。その後彼らはHouse of Bluesのツアーバンドになったり、(ドラマーの)サイレント・エドがやってるバンドに加わったりする。やがてサイレント・エドがスティルウォーターの顔になり、ベイブはソロ活動を始める。ラッセルのことはまだ決めてないけど、イーグルスに加入するかもね(笑)。あるいは別のバンドでジョー・ウォルシュ的存在になるんだ。

ーいま作品を観ると、2000年当時と10代の日々のノスタルジーを同時に喚起すると思いますか?

クロウ そう思うね。ブロードウェイ版ができたら、3重のノスタルジーを覚えることになるかもしれない。3つの異なる時代を同時に追体験するわけだ。これ以上はやらないほうがいいだろうね(笑)。前に進まないと。

あの映画と物語と一緒に伝えたいのは、心からの感謝の気持ちだね。すべての音楽ファンに、素直に「ありがとう」と伝えたい。そして、ジャーナリズムを讃えたい。ヤン・ウェナー(ローリングストーン誌の創刊者)がレッド・ツェッペリンを担当させてくれたことで、僕はその素晴らしさを知ったから。母さんと父さんにも感謝してる。彼らは皆、僕のことを信じてくれた。彼らをお手本に、僕も自分以外の誰かを信じるようにしてきたつもりだよ。この映画は、僕のそういう思いを形にしたものなんだ。



from Rolling Stone US

Translated by Masaaki Yoshida

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