BTS・RMの「チームプレイ」を考察、韓国のオルタナティブな才能がソロ傑作に集った意義

『Right Place Wrong Person』

兵役のため本人自らのプロモーションが限定的だったにも関わらず、発表と同時に当然のように世界中で話題となり、週間2位を記録した日韓だけでなく、欧米の主要チャートでも米・ビルボード5位を記録するなど、ソロ2作目でもまさに圧倒的なリアクションを得ているBTS・RMのニュー・アルバム『Right Place, Wrong Person』。

「チームプレイ」という言葉はこの作品を語る上での重要なキーワードだ。全体的なトーンや音の質感こそ統一感があるけれど、ロック、ラップ、エレクトロニカなどいろんなジャンルが混ざっているし、楽曲ごとに参加した様々なミュージシャンの声や多様な楽器の音が入れ替わりに聴こえてくる。まさにコラボレーターの幅の広さが作品の多様性に直結しているアルバムだ。リトル・シムズ、モーゼズ・サムニー、ドミ & JD ベックなど世界的に評価の高いミュージシャンたちから、never young beach、岡田拓郎、DYGLのギタリスト下中洋介といった日本のミュージシャンの名前が話題になっているが、そんな中でも筆者はアルバム全体のカラーを決定付ける役割を果たした、韓国のオルタナティブ・ミュージシャンたちの功績を強調したい。

『Right Place, Wrong Person』にはアルバム全体のプロデューサーである Balming Tiger(バーミング・タイガー)のSan Yawnと、ソロ・ミュージシャン兼プロデューサーのJNKYRD(ジャンクヤード)の2人をはじめ、アンダーグラウンド・シーンを中心に活躍する韓国のミュージシャンたちの名前が全曲でクレジットされている。そもそもRMと彼らは昨年秋ごろから一緒にスタジオ入りしている姿を何度もInstagramにポストしており、双方のファンの間では話題になっていた。そこには先述のSan Yawn、JNKYRDの他にもBalming Tigerの他のメンバーたちや、いま韓国で最も勢いのあるバンド、Silica Gel(シリカ・ゲル)のメンバー、キム・ハンジュの姿もあった。その写真はどこか彼らが古くからの友達のように気軽で親しそうに見えたし、何度も一緒に集まりながら切磋琢磨している姿からは、どこか「チーム」という言葉が似合う団結感が伝わってきて、どんな作品が制作されているのか気になって仕方なかった。


RMのInstagram(@rkive)ストーリーズより引用

そして出来上がったアルバムを聴いて驚いたのは、参加したミュージシャンたちの個性的なサウンドや歌唱スタイルがはっきりと聞き取れ、そのまま完成した作品に残っていること。彼らはただRMに制作済みのトラックの提供をしたり、楽曲の飾り付け的な役割をしたわけではない。ビートを作るのが上手なプロデューサーから、エフェクトやシンセサイザーを巧みに使いこなすミュージシャン、グルーヴを生み出す演奏者や、メロディックに管楽器をプレイする演奏者、ハスキーな歌声から、か弱い歌声のボーカリストまで、それぞれ異なる個性や得意分野を持ったミュージシャンたちが集まり、一緒にアイデアを寄せ合い、自らの作曲や演奏のスタイルをそのまま楽曲に投影した。そんなアルバムの制作手法が想像でき、まさに「チームプレイ」で作られたアルバムだと思ったのだ。

日本の読者には馴染みのない名前が多いかもしれないが、彼ら本作に参加した韓国のミュージシャンたちは、普段からアンダーグラウンド、あるいは各ジャンル内で支持を得て、重要な役割を果たしているミュージシャン達だ。本稿ではコラボレーターである彼らのことを紹介するとともに、その役割を検証、そしてそこから見えてくるRMの意図について考察してみる。彼らのことを知ればアルバムの聴こえ方が変わってくるはずだし、本作のようなコラボレーションが実現する韓国音楽シーンの背景からも重要な気づきが得られるはずだ。

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上掲投稿の写真2枚目:左からRM、JNKYRD、San Yawn


San Yawn、bj wnjn、unsinkable(Balming Tiger)

まず最初に紹介すべきは、昨年のフジロック出演も記憶に新しい、オルタナティブK-POPバンドを標榜するグループ、Balming Tigerのメンバーであるこの3人だろう。Balming Tigerには多くのユニークな側面があるが、本稿で言及しておきたいのは、彼らが作曲や編曲はもちろん、MVの制作、A&Rなど、一般的なミュージシャンならレーベルや外部のクリエイターに任せる部分まで自分たちでこなしてしまうハイパーDIYなグループであること、またラップ、エレクトロニカ、パンク・ロックなど多様なジャンルをごちゃ混ぜにしながら、誰にでもシンガロングできるようなフック・センスで、新鮮なポップ・ミュージックを作っていることだ。RMとコラボした「Sexy Nukim」や彼らのキャッチーなフックが満載な「Kamehameha」「Trust Yourself」などはその一例だ。

メンバーの中でも、元々レーベル「HIGROUND」でのA&Rの経験があり、Balming Tigerでもリーダーとして、グループの作品や方向性をディレクティングしている San Yawnは『Right Place, Wrong Person』のアルバム全体のプロデューサーであり、RMの本作制作におけるパートナー的存在だ。音楽的な方向性やコラボレーションなどはもちろん、MVでもクリエイティブ・ディレクターとしてクレジットされており、音楽、映像、カバー写真など複数のアートフォーム同士を結び付けた、完成度の高い総合芸術作品を作りたかったRMのアイデアを一緒に形にし、監督する役割だったのではないかと想像する。またSan Yawn以外の2人も、プロデューサー兼ボーカルを務めるbj wnjnが「Nuts」「Domodachi(feat. Little Simz)」など3曲、同じくプロデューサー兼ボーカルのunsinkableが「Right People, Wrong Place」「out of love」など4曲の作曲・編曲にクレジットされているが、彼らがBalming Tigerで培ってきたオルタナティブなポップネスが、本作の一つのジャンル名では形容できない音楽性に寄与していそうだ。

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JNKYRD

JNKYRDは2014年より活動しているソロ・ミュージシャンでありプロデューサーだ。ソロでは10作以上のシングルと3作のEPを発表しているほか、日本でも人気のバンド、hyukoh(ヒョゴ)と親交が深く、2017年に発表された『23』からはアルバム制作に関与するようになり、2020年のアルバム『through love』のツアーでは健康上の問題でツアーに参加できなかったメンバー、イ・インウの代わりにドラムを担当した。最近の彼の仕事の中で特に素晴らしかったのがシンガーソングライター、Dajungの「Unlearn」のプロデュースだ。一つのギター・リフをループさせるだけのシンプルな構成ながら、ボーカルやギターにかかった分厚いリヴァーブが効果的で、楽曲に温かく幻想的な雰囲気を与えていた。歌声や生楽器の音響、コンピューターやシンセサイザーのようなツールを実験的に活用して見せる彼の手腕は、いつも新鮮で可能性にあふれている。

RMはJNKYRDを先述のSan Yawnに次ぐアルバム全体のセカンド・プロデューサーとして起用した。大衆が聴きやすい様式に合わせることよりも、RMと彼がコラボしたミュージシャンたちが思うまま自由に作りこんだ、本作のエクスペリメンタルな作風を考えると、絶妙な人選だ。



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