韓国の謎多きサックス奏者、Kim Okiが明かすムーディーで柔らかい音色の秘密

キム・オキ

韓国で活動するサックス奏者/作曲家/プロデューサー、キム・オキ(Kim Oki)は捉えどころのないアーティストだ。これまでに20枚を超える作品を発表しており、それぞれに異なるサウンドが収められている。現代ジャズの流れに通じるものもあれば、アンビエントと生演奏が融合したようなものもあるし、ポップでインディー・ミュージック的な作品もある。振れ幅は広いし、コラボしているアーティストも多数。語りづらいともいえるが、だからこそ魅力的だ。

そんなキム・オキが3月に日本ツアーを行った。ピアニストのChin Sooyoung、ベーシストのJung Su-minとのキム・オキ・サターンバラード名義による来日で、僕は渋谷WWWでの東京公演を観に行ったのだが、その演奏を聴くことで、今回のツアーの意図ははっきりと分かった。

まるでレスター・ヤング、もっと言えばムード音楽の帝王サム・テイラーのような哀愁漂うサックスを軸にした実にムーディーな音楽で、形式としてジャズはジャズなのだが、ジャズというよりはアトモスフェリックな音楽といったほうがふさわしいようなもの。そのなかでキム・オキは、ささやくような小音をマイクで拾わせ、ニュアンスとテクスチャーたっぷりの音色を会場に響かせたり、時にサックスのリードを震わせることなく、吹き込んだ息がそのまま抜けるような音をも音楽に取り入れたり、突如フリージャズ的な抽象的なフレーズや奇妙な音色を発したりと、どこまでも聴きやすく、甘ったるささえ感じさせる音楽に異物感や異質さを組み合わせて個性的な音楽を生み出していた。

「これを庭園や能楽堂、お寺で聴いたらどう感じられるだろうか……」と思わせるもので、長野・上田は映画館、金沢は庭園、京都は能舞台、尾道はお寺と、それぞれの会場だからこそ体験できるものも織り込まれたツアーだったこともよくわかった。それはキム・オキの音楽が導いたコンセプトだったのだろう。

そんなキム・オキはどんなバックグラウンドの持ち主なのか。東京公演の翌日に行なったインタビューではサックス奏者、もしくは作曲家の側面から掘り下げてみた。彼の回答ははっきり言って変わっている。普通のジャズミュージシャンからは出てこなさそうな話だらけだ。キム・オキの作品から厳選12曲を収録した来日記念ベスト盤『LOVE JAPAN EDITION』のレコード化も実現したばかり。彼の面白さを深く聴きとるためのヒントが、ここにはたくさん詰まっていると思う。




ダンスから出会ったジャズのレコード

―まずはサックス奏者としての話を聞かせてください。サックスを始めたきっかけはなんだったんですか?

キム・オキ(以下、KO):若い頃にダンサーをしていて、管楽器がたくさん入っているダンスミュージックを聴いていました。ジャズにも関心はあって、そんな時にマイルス・デイヴィスを聞いたのがきっかけでさらに興味を持ち、自分でもやってみたいと思いました。

―マイルス・デイヴィスからどうやってサックスに?

KO:キャノンボール・アダレイ『Somethin' Else』に収録された「Autumn Leaves」を聴いたときに、彼がサックス奏者だというのは知っていて、普通はリーダーがメロディを吹くじゃないですか? 「Autumn leaves」の最初にマイルスがトランペットでメロディを吹くので、自分はそれをサックスの音だと勘違いしてかっこいいなと思い、それでサックスを吹いてみたくなったんです(笑)。

それがきっかけで色々聞き始めて、特にデクスター・ゴードンが好きになりました。でも、学院(※訳注:韓国では大学に実用音楽科というプロのミュージシャンになるための学科がある。学院はそこに入るための予備校みたいなもの)に行った時に、先生からまずはアルトサックスから始めないとダメだと言われて、まずはアルトから始めました。その後、ちょっとお金ができてからテナーサックスを始めました。



―さっきデクスター・ゴードンの名前を出していましたが、どんなところが好きですか?

KO:レイドバック。ライブをするときにもくつろいで見えます。『ラウンド・ミッドナイト』という映画で、デクスター・ゴードンが座ってサックスを吹く場面があるんですけど、それがすごくかっこよくて。そこから自分も真似して座って吹くようになりました。好きな作品はオレンジのジャケットの『Tangerine』、割とジャズ・スタンダードっぽいアルバムですね。「Days of Wine and Roses」とかやってる。




―ずっと座りながら吹いてたのは、そういう背景があったんですね。

通訳:彼はキム・オキ・ファッキングマッドネスという別のバンドでは立って吹いてるんですよ。今回のサターン・バラードでやるときには座って吹いています。

―立って吹くのも理由があるんですか?

KO:ジョー・ヘンダーソンのポーズがやりたいんです。それだけ。

―型から入るなぁ(笑)。

KO:帽子はローランド・カークです(笑)。


2024年3月18日、渋谷WWWで開催された東京公演のライブ写真

―デクスター・ゴードン以外で、特に研究したサックス奏者はいますか?

KO:ジョー・ヘンダーソン。ファラオ・サンダース。ファラオ・サンダースが一番ですね。愛、ラヴが音楽の中心にあります。スピリチュアル。シンプルな美しさがメロディにあって、ちょっと他のジャズの人とは違う魅力を感じます。全部いいんですけど、「Love is Everywhere」「You’ve Got to Have Freedom」が好きですね。

―たしかに昨夜のライブも、ファラオっぽいなと思う瞬間が結構ありました。

KO:一時期、ファラオをかなり聴いていて。同じように吹けるよう練習していました。マルチフォニックの練習をすごくしましたね。



―ちなみに、ジョー・ヘンダーソンはどんなところが好きですか?

KO:すごいパワフル。スピリチュアルな演奏もたくさんやってますし、そういうところが好きです。作品でいうと、タバコを吸ってるジャケットのやつ(『Mode For Joe』)と『Tetragon』、『in Japan』。あとは『Relaxin' at Camarillo』も。

―『In Japan』を挙げる人は珍しいですね。

KO:ベースも鍵盤もエレクトリックだし、オルガンみたいな音がして。ちょっとソウルフルで躍動感があるのがすごくいいです。



―それにしても、たくさんレコードを聴いているんですね。

KO:Otakuです(笑)。

―もしかして、ジャズをプレイするDJやビートメイカーの友達がいたりとか?

KO:ダンスをやっていたから日本のダンサーの映像をVHSで見ていました。それを見てビバップダンスを研究したりしてたので。

―どんなチームを見てたんですか?

KO:TRFにSound Cream Steppers、彼らはレジェンドです。あとは今もいるかわからないですけど、やすらぎという東京のヒップホップチームも。




―TRFのSAMさんはジャズ系のダンスシーンから出てきた人で、日本のクラブジャズの黎明期から関わっていたんですよね。つまり、彼らのダンスで使われていたような音楽を経由して、いろんなジャズを知ったと。ご自分でDJもします?

KO:たまにしますけど、そんなにうまくないので積極的にやったりはしないです。(日本語で)難しいです(笑)。

Translated by Koki Yahata

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