BTS・RMの「チームプレイ」を考察、韓国のオルタナティブな才能がソロ傑作に集った意義

実り豊かな交友関係が意味するもの

Lee Taehoon (Cadejo)

本作『Right Place, Wrong Person』が贅沢なのは、ソングライターやプロデューサー、ボーカルだけでなく、楽器を演奏するプレイヤーも、韓国アンダーグラウンド・シーンから実力者を招集していることだ。ここからは印象的な3人を紹介しよう。まずは3月にも来日公演を行った3人組ジャム・バンド、Cadejoのギタリスト、イ・テフンだ。2曲目の「Nuts」ではRMの「I could make this right place for you~」というラップとシンクロするファンキーなベースラインと鋭いギター・ソロを、さらに「Domodachi」でもリズムの揺らぎに応じた同楽器の演奏を披露しているが、それらはまさにブルースやファンク、ソウルを通過した彼の普段のプレイに通ずるものがある。






Kim Oki

今年3月にピアノ、ベースとの3人編成、Kim Oki Saturn Balladで日本ツアーを行ったことも記憶に新しいサックス奏者、キム・オキ。彼はロック・バンドからR&Bシンガー、エレクトロニカまで境界を設けずにコラボレーションをしており、他ジャンルのサウンドの中でも埋もれない力強い演奏で、ジャズ・シーンよりもむしろインディ・ミュージックのシーンでアイコン的な存在だ。本作収録の「out of love」で彼のサックスは普段よりは脇役に徹しているものの、この曲の持つ不穏なムードを見事に演出している。

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Park Ki Hun

最後に紹介するのは、自身の名義でのソロ活動のほか、セッション・プレイヤーとしてもジャンルを超えてラブコールを受けるサックス、クラリネット、フルートなど木管楽器の演奏者、パク・ギフンだ。彼の豊かなコラボ履歴の中でも共通しているのは、どんな位置に彼の楽器が配置されていても、木管楽器にしか出せないトーンを用いて、歌を華やかに、カラフルに引き立てていること。『Right Place, Wrong Person』収録の「Domodachi」でパク・ギフンはイントロから鳴り響くサックス演奏を担っており、複雑で忙しないリズムとは対になるような、ゆったりとしたメロディが印象的だ。彼の参加楽曲については、筆者が作成した下掲のプレイリストも参考にしてほしい。






ここまで紹介したのは、本作に参加した韓国のオルタナティブ・ミュージシャンのうちのほんの一部に過ぎない。他のコラボレーターたちについても詳しく知りたい方は是非、各ストリーム・サービスでクレジット欄を確認してほしい。

さて、ここまで紹介してきたミュージシャンたちは、皆いろいろなジャンルから影響を受けながら独自のサウンドやボーカル・スタイルを生み出したり、ジャンルを超えて活動していたり、特定のジャンルを基盤にしつつもその中で主流なスタイルとは異なる表現をする「オルタナティブな」ミュージシャンたちであることが共通している。言い換えるなら彼ら・彼女ら自らのユニークな個性や、ジャンルへの固定観念を破る作品を通して、韓国の音楽シーンで多様性を広げてきたミュージシャンたちだ。RMは彼らのそういう表現やスピリットをリスペクトしてきたのだろうし、そのスタイルや才能をアルバムという一つのアジェンダのために調整してもらい共作するよりも、キャラクターをそのまま生かし反映する「チームプレイ」という方式で作品を完成させた。そうすることで彼はメインストリーム音楽とは異なる「新鮮」で、たくさんのバラバラな個性が花開く「カラフルな」アルバムを作りたかったのではないだろうか。そして、たくさんのミュージシャンと共に共作することで起きる新たな化学反応、多様性の拡がりを楽しみたかったのだろうし、彼はそうした自由で柔軟なマインドを持ったアーティストなのだろう。

アルバム・コンセプトと多様性の両立という意味で、本作でのRMのキュレーションは十分に成功といえる。またグローバルなリスナーたちがこのアルバムが韓国国内のオルタナティブ・ミュージシャンたちと共作されたことを知れば、彼ら・彼女らは韓国大衆音楽の多様性を知ることになる。それを韓国大衆音楽のイメージを世界に拡散したK-POPグループのリーダーが行ったことの意義はあまりにも大きい。

一方でこのコラボレーションの背景を考察してみることは、韓国音楽シーンについての重要な示唆を示すことが出来ると思うので、少し話を拡げて語っておきたい。先述の通りRMが韓国のアンダーグラウンド出身のミュージシャン達とアルバム全体を共作したインパクトはすごく大きなものであったが、このコラボレーションの実現自体は、筆者はそこまで驚くべきことではないと思っている。また少なくともそのほとんどは事務所やプロデューサーが主導して外から推進したものというより、RMや彼が初めに関わり出した(San YawnやJnkyrdのような)コラボレーターたちが自らの積極的なミュージシャン同士の交流や人脈を通して実現させたものだと捉えるのが自然だと考える。

というのも音楽産業の拠点がソウルに集中しており、(筆者の個人的な実感だが)日本と比べてフットワークの軽い交友関係を志向する人が多い韓国では、普段からミュージシャン同士の交流がジャンルやシーンを超えて活発だ。筆者も実際「ミュージシャンやレーベルのスタッフなどに付いて溜まり場に行ったりすると、さらにジャンルやシーンも異なるようなイメージだった別のミュージシャンも現場にいた」という経験が何度もあるし、ミュージシャン同士がそうして繋がっていることが「今すぐではなくともいつか実現するかもしれないコラボレーション」の布石になっている。互いへの興味と、その間を繋ぐ人脈さえどこかにさえあれば、どんな相手同士でもコラボレーションが実現する可能性はいくらでもあるのだ。

そして特に、今作に参加したコラボレーターたちは、これまで強調してきた通り「オルタナティブ・ミュージックを志向する」ミュージシャンたちだ。つまり、本作のコラボレーションは、そうしたオープンでゆるやかな交友関係が特徴的だと筆者が感じる韓国の音楽シーンのなかで、韓国のインディー、アンダーグラウンド・ミュージシャンの楽曲をSNSにアップロードするなど、他ジャンルへの関心を普段から見せていたRMと、もともと音楽的にも開かれていて、チャレンジングな志向を持っていたミュージシャンたちの間で起こるべくして起こったものなのだ。

その交流は冒頭でも記したとおり、今では日本を含む東アジアにまで広がっており、国やジャンル、シーンを超えた交流は今日もきっとどこか私たちの知らないところで実現しているのだろうし、その結果物は普段から作品のクレジットをチェックしているとより楽しむことが出来る。『Right Place, Wrong Person』はこうした韓国/東アジア音楽シーンの独自性や魅力を伝え、韓国のオルタナティブ・ミュージシャンたちを知らせるきっかけにもなってくれるアルバムだ。

本稿を執筆している途中の6月2日にも、本作に参加したミュージシャンのうち、キム・ハンジュ、Jclef、Qim Isleが、RMともコラボ歴のあるベテランのインディ・ミュージシャン、eAeon、電子音楽ミュージシャンのKim DoeonやHwiらと結成したクルー、Bat Apt.の初となるアルバム『Vol.0 Bat Apt.』が発表されている。本稿を読んで韓国音楽シーンに興味を持ってくれたあなたの、『Right Place, Wrong Person』を聴いた直後のアルゴリズム再生に現れるかもしれない作品は、思ったよりもすぐ傍らで待っている。

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