『エイリアン』撮影中のシガニー・ウィーバー(Photo by Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images)



第40位:『未来世界』(1976年)


まず、(1973年のカルト映画の名作『ウエストワールド』のように)テーマパークのロボットが来場客を殺戮し始めたら、再建して再オープンしようなどと考えない方がいいだろう。1973年の映画の続編に当たる今作で、ピーター・フォンダとブライス・ダナー演じる調査報道ジャーナリストは、第1作で人気娯楽施設を運営していた会社が政治家や軍指導者のクローンを作り、世界征服を企んでいることを知る。前作ほど印象には残らないものの、『未来世界』はサムライや宇宙旅行、そして何より恐ろしいことに、ユル・ブリンナーとの官能的な夢のシーンを盛り込んで、さらにスケールアップした。JN


第39位:『ラルフ・バグシのウィザーズ』(1977年)


アニメ作家のラルフ・バクシによる初の「ファミリー映画」は、双子の兄弟――アバター(魔法使い)とブラックウルフ(半悪魔)――の物語。2人が生まれる数百万年前、テロリストが原子爆弾を投下したため、地球の生命体の半数は放射能に汚染された土地でミュータントとして生活している。トールキン風の街を舞台に第二次世界大戦後の世界をテーマに描くカートゥーンファンタジーは、手描きのイラストと実際のヒトラーのプロパガンダ映像を織り交ぜ、ラストシーンでは実写の上にアニメーションを重ね、魔法がテクノロジーを凌駕する様を描いている。バクシ本人もよく冗談で、魔法と妖精と暗殺者をアーティスティックにまとめたこの作品は「Pixar作品の冒頭1分半分の予算」で制作された、と言っていた。ファンタジーとSFの融合の傑作として今も語り継がれている。DF


第38位:『ハードウェア・ウォーズ』(1978年)


「笑えて、泣けて、たったの3ドル!」 当時まだ1作しかなかった(想像し難い!)『スター・ウォーズ』を、映画の予告編風にパロった13分のショートムービーの謳い文句だ。わずか8000ドルという雀の涙ほどの予算で監督兼主演のアーニー・フォセリアスが作り上げたのは、憎めないほどチープで、かつ完全無欠のパロディ作品。さながら雑誌Madのコミックに息が吹き込まれたかのようだ。空気の抜けたバスケットボールのような惑星(実際にそうなのだが)の運命が危機にさらされる中、空飛ぶスチームアイロンと泡立て器がバトルを繰り広げる。最終的にフルーク・スターバッカーと仲間たちの冒険物語は100万ドルの興行収入を上げた。費用対効果という点では、ジョージ・ルーカスさえも足元には及ばない。SA


 第37位:『宇宙空母ギャラクティカ』(1978年)


ロン・ムーアが人間対マシンの物語を9.11を題材にした説得力のある力強い作品に作り替えるずっと前に、グレン・A・ラーソンが手がけたABCのTVシリーズがあった。ローン・グリーン演じる主人公が12惑星連合を率いて、サイロンと呼ばれる殺人ロボットとの闘いに挑む姿を描いた作品だ(ここで登場するロボット兵士と、別の人気映画のストームトルーパーがあらゆる点で似ていることは決して偶然ではない)。ドラマのパイロット版として制作されたこの長編映画は、主に海外向け公開されたが、最終的にはアメリカでも公開された。スターバックと仲間たちが、円盤型の宇宙船を打ち落とす姿を、TV画面ではなく大スクリーンで見られるようになったわけだ。当時ギャラクティカのランチボックスを持っていた人にとって、この作品を見るたびに感じるほんわかとした気分は、何ものにも代え難いだろう。DF


第36位:『地球最後の男オメガマン』(1971年)


何度となく映画化されてきたリチャード・マシスンの小説『地球最後の男』が原作の『オメガマン』は、疫病の大流行の後唯一生き残った人類である陸軍医(チャールトン・ヘストンにとって、今作がいわゆる“終末SF三部作”の2作目にあたる)が人気のない荒廃したロサンゼルスを一人さすらうシーンで始まる。ほどなく彼は、殺気だったアルビノのミュータントの群れや、復讐に燃える生存者軍団と遭遇する。かの有名なヘストンとロザリンド・キャッシュの異人種間キスを除けば、ゴミが散乱する街角、商品棚が埋め尽くされたショッピングセンター、黒こげのドジャースタジアムをはじめとする、世紀末後の世界を描いた舞台セットと、グリーンのベルベットのジャケットとブルーのトラックスーツに代表される、ヘストンのポン引き顔負けの衣装が特に印象的だ。この未来は完全に荒んでいるが、少なくとも洒落っ気は健在だ。EH


第35位:『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』(1970年)


デヴィッド・クローネンバーグ監督のお気に入りのテーマは、化粧品が原因による疾病で成人女性が絶滅し、残された男性たちが小児性愛的な集団を形成している未来を舞台にした2作目の長編映画ですでに描かれていた。中性的な主人公エイドリアン・トライポッドはハウス・オブ・スキンという謎の施設を後にし、人気のない街を彷徨する。ストーリーが中弛みする場面もあるが、それでも背景のモダニズム建築は必見。見たところ低予算で作られたようだが、クローネンバーグの発想力は手段を遥かに越えていた。地平線の向こうに、輝ける病的エッセンスを感じ取れるだろう。SA


第34位:『電子頭脳人間』(1974年)


マイケル・クライトンの小説『ターミナル・マン』を元にした知られざる名作スリラーで、ジョージ・シーガル演じる主人公は激しいてんかんの発作を抑えるべく、外科手術で脳にコンピューターを埋め込む。問題が起きるわけがないだろう?マイケル・ホッジス監督とリチャード・クライン撮影監督は狭苦しく落ち着かない感覚を織り込み、主人公の冷酷かつ邪悪な衝動を浮かび上がらせた。シーガルの精神を遠隔操作しようとする医師の努力も虚しく、ハッピーエンドでは終わらないだろうという緊迫感が物語の進行と共に高まっていき、やがて避けることの出来ない、悲劇的な結末へと向かう。JN


第33位:『ブラックホール』(1979年)


1950年代のアドベンチャー映画に70年代の最新特殊効果を盛り込んだディズニー初のPG指定の作品は、『海底二万マイル』の世界観を無限の宇宙空間にグレードアップした。全盛期を過ぎたアンソニー・パーキンスやアーネスト・ボーグナインといった俳優陣がしゃべるゴミ箱と戯れるといういたたまれないシーンのせいで、冒頭は時代錯誤感がぬぐえない。だが技術的な面では、タイトルの演出でCGの先駆け――ディズニーが『トロン』(1982年)のために温めていたものを垣間見ることが出来る。渦巻くブラックホールへの旅を決意する、チリチリ頭のイカれた博士を演じるマクシミリアン・シェルの仰々しい演技が見どころであることは言わずもがな。そして子供向けハリウッド作品が文字通り勧善懲悪で終わるのも衝撃的だ。EH


第32位:『猿の惑星・征服』(1972年)


『猿の惑星』シリーズ第3作は、架空の1990年代が舞台。そこでは猿やチンパンジーなどがペットとして飼われ、やがて労働力に回される。小憎らしい猿たちがその後どうなるか知っているだけに、観客は立場が逆転するのを今か今かと待ち構える。どんでん返しのラストシーンでは、後に類人猿が地球を支配することになる事件への前振りが示され、翌年公開された『最後の猿の惑星』では、家畜が蜂起していく様を年代ごとに追いながら補足をしていく。第1作以降シリーズで最も想像力に富んだこの作品は、冷血なユートピアを先に見せ、後から粉々に打ち砕く。その過程で、人間という種族に対する観客の共感は薄れていく。NM


第31位:『タイム・アフター・タイム』(1979年)


タイムトラベル・スリラーに、史上最高のSF作家と史上最悪の怪物を加え、アルフレッド・ヒッチコックの『めまい』をたっぷり混ぜ合わせれば、あっという間に『タイム・アフター・タイム』の出来上がり。マルコム・マクダウェル演じるH・G・ウェルズが、現代のサンフランシスコを舞台に、デヴィッド・ワーナー演じる切り裂きジャックを追いかける。『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』(1976年)で、かの名探偵の物語を巧みにアレンジしたニコラス・メイヤーは、場違いコメディと心温まるロマンスに――スクリーン上で恋人同士を演じたマクドウェルとメアリー・スティーンバージェンは翌年結婚――適度に血生臭いスリルを盛り込んだ。SA

Translated by Akiko Kato

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