世界を制したエド・シーランの「現実」と付き合う方法

4月に来日するエド・シーラン。ローリングストーン誌 2017年3月23日号のカバーストーリーにて( Photograph by Peggy Sirota)


シーランがアメリカで行った最初の大きなツアーは、2012年のスノウ・パトロールのサポート・アクトだった。シングル曲「Aチーム〜飛べない天使たち〜」がヒットの兆しを見せていた頃だ。この曲ではホームレスのシェルターで彼が出会ったクラック中毒の売春婦のことを歌っている。「オーランドの公演の最前席にはエドを観に来た観客が200人くらいいた」と、スノウ・パトロールのギタリストのマクデイドが教えてくれた。「ツアーが半分終わる頃には、その数が2000人にまで膨れ上がった。目で見てわかるくらいの変化だったよ」

その次に行われたシーランのツアーは規模が大幅に拡大される。スウィフトのオープニングアクトとしての66公演だ。スウィフトが説明する。「スピーク・ナウのツアーでオーストラリアにいたとき、彼の“レゴ・ハウス”を聞いたの。他のものが聴こえなくなるくらい強烈に響いてきた」。スウィフトとシーランのマネージャーたちが2人を会わせ、2人はスウィフトの自宅の裏庭にあるトランポリンに座って「エヴリシング・ハズ・チェンジド」を共作する仲になった。ツアー中、スウィフトは毎晩シーランをステージに上がらせて一緒にバラードを演奏した。

オフステージでは、このツアーは彼のロマンスにとって最も実りの多い時期となった。シーラン曰く、スウィフトの著名な友人の何人かと付き合ったとのこと。シーランが説明する。「スウィフトの世界はセレブそのものさ。当時の俺はまだ22歳の世間知らずなイギリスのガキで、有名人の友だちがたくさんいるアメリカで一番ビッグなアーティストとツアーしていたわけだ。何もかもが本当に簡単だった……それこそ、朝目覚めて、ベッドや部屋を見渡して『昨夜、何が起きたんだ?』と思う状況が多々あったね(最近ケイティー・ペリーはシーランの隠された男としての魅力について『みんな彼が大好きなの。誰も彼を怖がらないし、みんなデートしたいのよ。彼はみんなにとって“手が届く男”なの』と語っている)。

シーランはこのツアー中に展開された付き合いの一部を、2014年のセカンド・アルバム『✕』で記録している。ホテルの同じフロアに滞在していた友だちともセックスしていたことがバレて破局したあるポップスター仲間との情事について歌った「ドント」がそうだ。相手はエリー・ゴールディングと噂されている。彼女はその情事の後にリリースされた2016年の「オン・マイ・マインド」』で、「あなたは私の心を欲しがった、でも私はあなたのタトゥーが気に入っていただけ」と意味深で辛辣な歌詞を歌っている。ゴールディング自身はシーランと一切の関係を否定している。

このツアー中、彼がデートしなかった唯一の人物がスウィフト本人だ。セレブニュースサイトTMZの記事に関してシーランは「あれはかなり怠慢なジャーナリズムだって思ったよ。何一つ真実が書かれていなかったんだもの」と言っている。


テイラー・スウィフト曰く「私がキャロル・キングなら、彼はジェイムス・テイラー」(Kevin Mazur/Getty Images)

シーランとスウィフトが顔を合わせるのは年に1〜2回だが、今でも親密さに陰りはない。「同じようなスコティッシュ・フォールドを飼っているし、クリスマスにはアートやクラフトを作ってプレゼントし合うし、お互いの家族と一緒に休暇を過ごすし、互いに助け合っているの」とスウィフトが説明する。「私がキャロル・キングなら彼はジェイムス・テイラーよ。彼がいない世界は想像できないもの」。シーランは、スウィフトとスタジアム・ツアーを行い、一晩だけお互いの曲を交換して歌うことを思い描いている。ちょうど何年か前にジェイ・Zとジャスティン・ティンバーレイクがやったようなことだ。「僕のすべてが消え去ったとしても、彼女は僕を捨てることはないよ」とシーラン。「その点でスウィフトはかなり特別だ」。シーランは最近、スウィフトに対する反発に心を痛めている。「彼女は世界で一番有名な女性だから至る所に存在してしまう。おかげでメディアに登場しないという選択肢がない。俺はいつだってテイラーの味方だよ」

Translated by Miki Nakayama

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE