スライ&ザ・ファミリー・ストーンの必聴20曲

スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、1993年にロックの殿堂入りを果たした(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)

世代を特徴付けるファンク‐ソウル‐ロック・レジェンドの最高傑作は?

ベン・フォン=トレス(アメリカンロック・ジャーナリスト)が1971年に手がけた有名なローリングストーン誌の特集で、スライ・ストーン(本名:シルベスタ・スチュワート)は、スライ&ザ・ファミリー・ストーン(以下ファミリー・ストーン)の背景にあるコンセプトについて解説している。「何か幸せなことがあれば皆で喜び、歌いたくなるような曲がたくさんあれば、皆で歌う。人生に苦しみやつらいことがあれば、共に背負う」この頃のスライが、このようによどみなく語ることは珍しかったが、この発言にはこの頃までのバンドの歩みが要約されている。つまり、サマー・オブ・ラブ(1967年夏にアメリカで起きた文化的、政治的集会。サンフランシスコでは10万人規模の集会が開かれた)でのデビューから成功が約束されたも同然だった楽観的な時代、そしてヒット曲が生まれた時代を経て、不穏な1970年代前半までだ。バンドは、いよいよ継続が不可能になるまでなんとか持ちこたえようとしていた。

ファミリー・ストーンは、1960年代後半の反差別、進歩主義、理想の追求といったサンフランシスコ的感性の象徴となった。ファミリー・ストーンは、サイケデリック・ロック、ファンキー・ソウル、サンシャイン・ポップを熱くミックスした音楽で、多様な文化ムーヴメントの結節点となり、その後ヒットチャートで1位を連発するようになった。グループは、さらなる成功への入り口に立っているかのように見えたが、スライは社会的にも精神的にも落ち込んでいった。1971年には決別ともとれる音楽で一瞬だけ再浮上し、それは陰鬱だが見事で、同時に元気付けられる音楽だった。その後、グループとしての体を成していた時間は長くはなかったが、その短い間にバンドはポップ・ミュージックの可能性を押し広げた。彼らはアメリカの最高のファンクバンドの一つだったのだろうか?それともロックバンド?ポップバンドだったのだろうか?スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、それら全てだった。

Translation by Cho Satoko

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