ジャニス・ジョプリン、『チープ・スリル』に関する10の知られざる真実

(Photo by Malcolm Lubliner/Michael Ochs Archives/Getty Images)

ジャニス・ジョプリンがブレイクするきっかけとなったビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーのアルバム『チープ・スリル』にまつわる10の事実を紹介する。オーディエンスを装った音響効果、差し止められたバンドのヌード写真など、ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーが、その後間もなくアイコンとなるシンガーと製作した最後のアルバムにまつわるトリビアとは?

1967年の夏を迎えるまで、ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーは、ギグをこなし、ファンもいて、フル・アルバムのリリースを待つごく普通のバンドだった。しかし、同年6月に行われたモンタレー・ポップ・フェスティバルでの2度のステージは、バンド初期の歴史など吹き飛ばし、カリフォルニアから来た話題の“ジャニス・ジョプリン・アンド・カンパニー”を、カルチャーの伝説に変えた。ジョプリン本人からすると、「人生における頂点のひとつ」だっただろう。テキサス出身の孤独で誤解を受けやすかった若き女性は、ひとりぼっちでつらい思春期には与えられなかった愛と引き換えに新たに得た名声を、誇らしげに身にまとった。

モンタレー・ポップ・フェスティバルはレコード業界にとってのゴールドラッシュで、メジャーレーベルが自分の場所を確保しようと大挙して押しかけた。ビッグ・ブラザーの場合、いわゆる一夜にしての成功という目論見は、外れてしまったようだった。それから1年のうちにジョプリンへ向けられる熱いスポットライトは、バンドを分裂へと向かわせた。しかしメジャー級の注目を浴びていた短期間で、ビッグ・ブラザーは世界のオーディエンスへアピールする最初で最後の作品を作り上げた。最高のエレクトリック・ソウルが詰め込まれ、1968年8月12日にリリースされたアルバム『チープ・スリル』は、紛れもなくサイケデリック・エイジの代表作といえる。さらに、消えゆくヒッピーの夢を商品化した作品でもあった。同アルバムは、ワイルドで自由奔放なサンフランシスコの夜の出来事を選りすぐったひとつの記録として、世界最大級のレコード会社が運営するスタジオで具現化された。「『チープ・スリル』は本物ではない」とする評価は誤っているだろう。しかし、過ぎ去った良き日々を再現しようとするのはギャツビー風のやり方であるかのように、作品に対する早まった憂鬱な見方もある。ジョプリンが悲しげに歌うガーシュウィンの『サマータイム』だけが、サマー・オブ・ラブから、アルバムに見られるサマー・オブ・バイオレンスへの雰囲気の移り変わりを明確に示しているようだ。アルバムのリリースから1週間後、シカゴで行われた民主党全国大会で、警官がデモ隊を殴りつけた。そして1か月後、ジョプリンとビッグ・ブラザーは永遠に決別した。



『チープ・スリル』はバンドの絶頂期の作品で、『ふたりだけで』や『ボールとチェーン』、『心のカケラ』など、バンドが最も気に入っていた曲の数々が収められている。同アルバムのリリースから50周年を記念して、アルバム制作にまつわる10の知られざる事実を紹介しよう。

1. ジョプリンはCBSとのレコーディング契約を確実なものにしようと、クライヴ・デイヴィスと寝ようとした。

クライヴ・デイヴィスはCBSレコードの社長に就任した直後、モンタレー・ポップ・フェスティバルに出演したビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーに強く惚れ込んだ。彼はバンドとすぐに契約したいと考えた。バンドがインディレーベルのメインストリーム・レコードと既に契約していたことは、ほとんど問題ではなかった。少しの法的な争いを経て、デイヴィスはアルバート・グロスマンをバンドのマネジャーに据え、20万ドル(約2200万円)の小切手を切ってメインストリームを追い払った。レーベルの社長になりたての人間としては、大胆な行動だった。そのわずか1年前、同じくサンフランシスコのジェファーソン・エアプレインが、わずか2万5000ドル(約280万円)の前払いでRCAレコードと契約したことが話題になったばかりだった。

ジョプリンにとってメジャーレーベルとの契約は、生涯最高の夢だった。彼女は自分なりのユニークなやり方で、デイヴィスに感謝の気持ちを表したいと考えた。デイヴィスは回顧録『Soundtrack of My Life』(2013年)の中で、バンドのフロントウーマンの代理としてグロスマンが驚きの電話を掛けてきたエピソードを紹介している。「彼女があなたと会いたがっている。契約を確実にするためには、あなたと寝るのが最善の方法だと彼女は考えている」とマネジャーはデイヴィスに伝えたようだ。自分のビジネスの常識にはなかった言葉に、デイヴィスは戸惑った。「“契約書にサインして、さあ一緒に仕事しましょう”では少し堅苦しいと感じたのかもしれない。だから彼女はもっと打ち解けようとして、私と寝ようとしたのだろう」とデイヴィスは、2014年に行ったガーディアン紙とのインタヴューで語っている。「私は申し出を断ったが、大いに光栄なことだと思っている」という彼は、キスをしたことだけは認めた。

Translated by Smokva Tokyo

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