スライ&ザ・ファミリー・ストーンの必聴20曲

スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、1993年にロックの殿堂入りを果たした(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)


ボー・ブラメルズ『ラーフ・ラーフ』(1965)

スライ・ストーンの名が全米に知られるようになったのは、まだうら若き19歳の頃、カリフォルニア州サンマテオ市のバンド、ボー・ブラメルズのためのムーディーポップのシングル曲『ラーフ・ラーフ』を制作した時だった。10代のギタリストだったストーンは、サンフランシスコ界隈のライブに出演し、オータム・レコーズ社のトム・ドナヒューと偶然出会った。ドナヒューは、新進気鋭のアーティストをプロデュースし、チャンスを与えていた。『ラーフ・ラーフ』はスライの初期作品の一つで、1965年の初めまでにトップチャートのベスト20に入った。1970年にベン・フォン=トレスは、このシングルについてこう語った。「ジョニー・マティス(ポップシンガー)とヴィンス・ガラルディ(ジャズ・ピアニスト)くらいしか有名人のいなかった町で、スライは最初のロックンロール・ヒット曲を作った」『サンフランシスコ・サウンド』は、じきに大きく花開くことになるが、スライは早い時期から種をまいていた。

『ロック・ダージ』(1965年頃)

スライはオータム・レコーズ社に所属していた短い期間、会社のスタジオを利用して自作の曲にいろいろと手を加えていた。このファンキーでさえずるようなインスト曲は、恐らく1965年頃に制作された中の一つだ。スライは、様々な楽器を独学で演奏するようになったが、この曲でかすれたような音を出しているオルガンもその一つだった。この時代に作られた『ロック・ダージ』を含む実験的な曲は、最終的にスライの初期作品を収めた1975年のコンピレーションアルバムに収録された。その後、この曲の7インチ・レコード版が発売され、ブレイクビーツ好きのDJの間で人気となった。

『アイ・エイント・ガット・ノーバディ』(1967)

オータム・レコーズ社から受け取った報酬で、スライはバンドと共にサンフランシスコに近いデイリーシティに拠点を置いた。ファミリー・ストーンの共同制作は1960年代中頃に始まり、地元のレコード会社、ロードストーンからこの曲がリリースされ、バンドは正式にデビューした。勢いのあるアップテンポなバックビートと何重ものヴォーカルハーモニーから成るサウンドは、後のファミリー・ストーンのヒット曲に見られる完成形を予見しているかのようなスタイルだ。『アイ・エイント・ガット・ノーバディ』は、地元でのみ話題になったが、エピック・レコーズは彼らの評判を聞きつけ、同年契約を結んだ。

『アンダードッグ』(1967)

ファーストアルバム、『新しい世界』の一曲目であり、最初のシングルとなった『アンダードッグ』は、ファミリー・ストーンを可能な限り騒々しく世に送り出した。この曲はイントロから奇妙で、サックスのジェリー・マルティーニが童謡の『フレール・ジャック』の眠たげなリフを繰り返す。そして猛烈な管楽器とサイケデリック・ロック調のジャム、劇的な叫ぶような合唱と共に、(普通の人より)『2倍秀でている』ことを証明しなければならない負け犬たち(アンダードッグス)の挑発的な社会的メッセージが放たれる。ジョージ・クリントン(ミュージシャン、ファンク界の大御所)は、ファミリー・ストーンの公認伝記作家のジェフ・カリスに、この曲を聴くと「直接個人的に話しかけてられているような気持ちになる」と語った。このシングルとアルバムはバンドの最高傑作だが、商業的には成功せず、全米でのブレイクには至らなかった。しかし、大ブレイクの瞬間がすぐそこに迫っていることは明らかだった。

Translation by Cho Satoko

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