6位 『未来惑星ザルドス』(72)
時は2293年。世界は、不老不死だが生殖能力のないヘソ出しルックのヒッピーたちと、無学で薄汚い獣人たちに二分されている。神と呼ばれる巨大な石の頭が空中に浮かび、赤いふんどし姿の「エクスターミネーター」を意のままに扇動しては、獣人たちを殺して統制をとっていた。そんなエクスターミネーターのひとりが、卑猥に毛深い体をさらしたショーン・コネリーだ。コネリーは単身でヒッピーたちの暮らす平和ボケした「エデンの園」に乗り込み、自分の勃起したモノでシャーロット・ランプリング扮する冷たい美貌の女王を陥落させ、最終的に階級制度を転覆することに成功する。極上のLSD体験とそれとない社会風刺(監督のジョン・ブアマンが、南カリフォルニアの神秘主義者VS武装過激派の構図を下敷きにしているのは明らかだ)を兼ね合わせた、伝説のトンデモSF大作『未来惑星ザルドス』には、三つ編み姿のジェームズ・ボンドが105分にわたって活躍する以上の見どころがある。つまり、相当なものだということだ。(EH)


5位『スター・ウォーズ』(77)
すでに40年近くありとあらゆる考察が加えられてきた現在でもなお、ジョージ・ルーカスのパルプなスペースオペラの文化的・経済的重要性はいくら評価してもしすぎるということはない。テーマ的には『フラッシュ・ゴードン』シリーズやギリシャおよびアングロサクソン神話、そしてレニ・リーフェンシュタールの勝利主義を懐古的に繰り返しているだけだが、世界観とマーケットの構築という点に関して、ルーカスは実に先進的であった。77年に公開された映画のキャラクターを主人公に据えた新3部作が2015年になって公開されるということは、『スター・ウォーズ』には永続的な魅力がある証拠であり、そういう意味では唯一無二の存在だ。ほかの70年代SF映画のほとんどが、やはりその時代ならではの産物で終わったのに対して、ルーカスは『スター・ウォーズ』が過去の遺物にならないよう、アナログの特殊効果をデジタルにアップグレードしたり、キャラクターの前日譚を作ったり、さまざまな手を尽くしてきた。ルーカスが構想したのは、特定の物事や時代の映画を作ることではなく、スクリーンを離れたところでも永遠に続く物語を生み出すことだった。我々は確かに今でもその物語の世界に生きている。(EH)


4位 『惑星ソラリス』(72)
ポーランドの作家スタニスワフ・レムの原作を映画化した『惑星ソラリス』は、SF映画というジャンルを超越したというよりも、むしろそれを高めることに貢献した。ソ連の宇宙開発時代を象徴する本作は、だがヒロイズムや集団主義、技術革新を称揚する映画ではなく、記憶と喪失、罪の意識に関するめまいを起こしそうな脳内トリップである。陰気な顔つきのドナタス・バニオニス扮する心理学者が、宇宙ステーションの調査に派遣され、何らかの力によって狂気に追いやられたステーションの住人と、死んだはずの妻の姿を見る。妻は幻影ではなく、肉体を伴っているが。ソラリスの渦巻く海は、蛍光色をしたマーク・ロスコの絵画を思わせ、アンドレイ・タルコフスキー監督は、無重力感を苦痛の予兆として描き出す。だが『惑星ソラリス』が真に描こうとしたのは、精神世界の説明しがたさ、言いようのなさだったに違いない。(EH)

Translation by Mari Kiyomiya

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