現代最高峰ジャズギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンが明かす「実験と革新」の演奏論

ノンサッチからの近作を解説、トミーカ・リードへの共感

―近年のアルバムについても聞かせてください。『Belladonna』(2022年)はミヴォス・カルテットとのコラボ作なので、きっちり譜面を書いていると思います。譜面に書くことと即興を組み込むことの関係について聞かせてください。

MH:私は元々ヴァイオリンを弾いてたから、自分で弾くのはもう無理だけど、演奏面に関してわかる部分もある。なので、ヴァイオリンのアーティキュレーションやダイナミクス、フレージング、ボウイング……と彼らに与えられる限りの情報を譜面に書いて渡した。そのために弦楽四重奏のための作曲に関する本を読み、作曲の勉強もかなりしてきた。ギターのパートに関しても、一部は弦楽四重奏と共に譜面に書いたけど、一部は即興だった。あのアルバムは、即興演奏をしたのがほぼ私一人だというのがユニークな点。ミヴォス・カルテットも実は素晴らしい即興演奏者たちなので、彼らがインプロヴァイズできるパートを探して少し加えたけど、大半は私一人。弦楽四重奏のためにきっちりと作曲されている美しいパートの範囲内で私がギターを弾く、というのが狙い。とても楽しく、それまでとは毛色の異なるプロジェクトだった。

―弓で弾く弦楽器ならではのポルタメント(滑らかな音の移行)は、あなたのエフェクトとものすごく相性がいいと感じました。

MH:ええ、相性のことは考えた。ギターとのブレンドを感じられる瞬間を持たせたくて。ギターとチェロはすごく相性がいいので、結果的にはギターとチェロで同じパートをたくさん弾いている。今度、日本に(チェロ奏者の)トミーカ・リードと行くことを考えると、なんだか不思議。それに、高音域に行った時のギターはヴァイオリンとも相性がいい。つまり、オプションがたくさんあったということ。そのオプションを少しずつ、でも最終的には全部を見せようとしたってこと。ギターと弦楽四重奏が混じり合っている瞬間、そしてギターだけの世界とユニットとしての弦楽四重奏という瞬間。その全てを入れたので、どの曲でも同じことが起きるということはなかったと思う。



―同時にリリースされた『Amaryllis』』(2022年)でのトロンボーン、トランペット、ヴィブラフォンを含む編成は風変わりな編成でした。

MH:新しい編成でやるのはいつだって楽しいし、たくさんの可能性が広がる。選んだ決め手は楽器というより「人」だった。私はヴァイブ奏者のパトリシア・ブレナンが大好きで、前にも少しだけ共演したことがあったので、何かプロジェクトをやりたいとずっと思っていた。ギターとヴィブラフォンを混ぜたらクールなんじゃないかと思っていたし。そこにずっと一緒にやりたいと思っていたホーン奏者、アダム・オファレルとジェイコブ・ガーチクを入れた。ブラス奏者が二人というのも偶然。ちょっと変わっているけど、サウンドがとにかく気に入っている。リズミックなアンサンブルにしたかったので、ベースとドラムがいることも重要だった。そんなわけで、とても気に入っている。

―パトリシア・ブレナンは変わった演奏をするヴィブラフォン奏者でエフェクトも使いますよね。彼女だからできたことがあったら教えてください。

MH:言い方を変えれば、彼女以外にはあの音楽は演奏できなかったと思う。もし彼女からできないと言われたら、誰に頼めばいいかわからなかったし、そうなったらおそらくヴィブラフォン奏者は入れなかった。彼女はそれくらいユニークで素晴らしいインプロヴァイザー。彼女とは強いコネクションを感じる。私たちの楽器はどちらも伴奏をするリズム楽器(comping instrument)。トランペット・ソロでは、話をしなくても、二人でソロをサポートすることができる。二人同時に演奏してることもあれば、どちらも何もしていないこともある。もしくは彼女だけ、私だけというように。それを言葉を交わすことなくできるって素晴らしいことだし、私は彼女と共演するのが本当に好き。でも、彼女だけでなく、あのバンドの誰一人として代替不可能な存在。私にとって大事なのは各々のミュージシャンのパーソナリティだから。




―最新作の『Cloudward』は基本的には『Amaryllis』と同じ編成です。なので、前作を踏まえて制作した作品ですよね。

MH:『Cloudward』はあのバンドでの2枚目だったから、曲を書くのはずっと楽だった。バンドのサウンドは理解しているのでリスクも取れる。2枚目の曲を書く頃には、ちょうどコロナ明けでライブをまたやるようになり、ツアーやいろいろなことが動き始めている時期だったので、私はポジティブな気持ちだった。それが音楽となって生まれたのが『Cloudward』。対照的に『Amaryllis』はコロナ中、ギグもできずに家にいた時に書いたアルバムだったので、ただ自分を支えてくれるための何かだったと思う。家のソファで横になりながら「いつかこの音楽を演奏できるかもしれない、いつか命が吹き込まれるかもしれない」と思うことで、憂鬱にならずに済んでいた。でも『Cloudward』の時には物事が動き始めていたから、気持ちのうえでもポジティブな勢いがあった。

―前作よりリスクを取り、拡張した部分というのはどんなところですか?

MH:サウンドを理解し、ミュージシャンに信頼がおけると新しいことをトライするのが楽になる。『Amaryllis』では大半が譜面に書かれたパートだったので、(即興の)スペースを残せなかった。そこで今回は、たとえば1曲ではトランペットとヴィブラフォンだけのパートで始まるのもいいのかも、と思った。もしくは小さなグループで、もっとスペースがある、風通しのいい音楽でもいいのかなって。フルバンドならどんなサウンドになるのか把握していたからこそ、常に全員で演奏する必要はなかったということ。スペースをより多く残しておけば、全員が演奏した時、さらにパワフルになるから。



―『Cloudward』では作曲と即興はどのように混ざり合っていますか?

MH:このバンドでは「ここで”誰が”ソロをとれ」ということは絶対に言わない、ほぼ絶対。譜面に書いてあるのは「ここで”誰かが”ソロを取る」ということだけ。あとはバンドに任せている。もしアダムがひらめきを感じたら、トランペット・ソロになる。もしくはヴィブラフォン・ソロになることもある。というように、どこで誰がソロを取るかは私が決めるのではなく、ミュージシャン自身が決める。おもしろいのは、それぞれに好きなスポットが出てくるってこと。「パトリシアは大抵ここでソロをとる」という瞬間があって、そこが彼女の好きな場所。でも、ツアーで10回連続してショーがあったとすると、ミュージシャン同士で場所を変え合うようになる。突然、その晩はベースソロになったり。どんなバンドでも出来ることじゃないけど、このバンドでは全員が意識を張り巡らしているから「まだトロンボーン・ソロがないよね?」と気づき、そこではみんなで待つ。するとトロンボーンのジェイコブがソロをとる。誰がどこでソロを取るのか予め決められていないからこそ、全員にスペースを与えることをみんなが意識し、その場でオーケストレーションが行われる。

―トミーカ・リード・カルテットでの来日ツアーも楽しみです。

MH:このバンドでやるようになって、あっという間に10年が経った。私はカルテットの最新作『3+3』も本当に気に入っている。彼女は踊りたくなるような曲から抽象的なものまで、実に振り幅のある曲を書く能力がある。それを彼女ならではのやり方で一つにまとめ上げている。

優れたコンポジションというのはすぐにわかるもの。私にとっては、それは即興したいと思える曲ってこと。即興演奏のための枠組みを用意しておくことで、誰かが自由にそれを発展させることができる。彼女はそういう曲を書く人。そして、このバンドには自由がある。

それに、彼女は「ジャズにおけるチェロの歴史」を深く勉強しているし、AACMに参加したり、実験的な即興演奏にも熱心に取り組んでいる。私たちはクレイジーなことをやるのも好きだけど、美しいメロディと楽曲とリズムも大切にしているし、お互いにさまざまな即興の言語を織り交ぜる方法を常に模索している。その点は間違いなく、彼女と私が共有している部分だと思う。








Tomeka Reid Quartet Japan Tour

2024年6月5日(水)東京・BAROOM
※SOLD OUT

2024年6月7日(金)名古屋・TOKUZO -得三-
https://www.tokuzo.com/2024Jun/20240607

2024年6月8日(土)大阪・スピニング・ミル
https://www.keshiki.today/event-details/trq2024osaka

2024年6月10日(月)岡山・蔭凉寺
https://omnicent.org/event/tomeka-reid-quartet-japan-tour-in-okayama

2024年6月13日(木)福岡・九州大学大橋キャンパス音響特殊棟
https://peatix.com/group/11649039

2024年6月15(土)八女・旧八女郡役所
https://yame-ongaku.square.site/

出演:
トミーカ・リード(cello)
メアリー・ハルヴォーソン(guitar)
ジェイソン・レブキ(bass)
トマ・フジワラ(drums)

ツアー詳細:https://omnicent.org/tomeka-reid-quartet-japan-tour

Translated by Kyoko Maruyama

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