現代最高峰ジャズギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンが明かす「実験と革新」の演奏論

「エフェクトはあくまで装飾」革新性の裏側

―エフェクターやペダルの使い方も非常にユニークですが、どんなサウンドを求めて使い始めたのでしょうか?

MH:最初にペダルを手に入れた時は何かを求めるというよりは、ただ色々と試していただけだったと思う。その一つがLine6。そして、使い始めて割とすぐに、今も使っているピッチシフト・サウンドを発見して、すごく気に入ったからどんどん発展させていった。フットペダルだから両手が空き、ノブを回さなくても音をマニュピレートできる。つまりメロディを弾きながら、Delay Timeで遊ぶことができる。

でも、エフェクトは好きだけどメインではなく、あくまでもサウンドの装飾だと私は考えている。使っているペダルやセッティングも基本、昔から一緒。新しいLine6が出たのでそれは持っているけど。あとはディストーション・ペダルと、昔からずっと使ってるヴォリューム・ペダル、エクスプレッション・ペダル、たまにオクターバーもしくはトレモロペダルを使うくらいで、できるだけ最低限にしている。だってギターに加えて、エフェクト類をいっぱい持ち歩くのは重くて嫌だから(笑)。あ、あとループも好き!



―ギターと一緒で同じものを使い込んでいると。あなたの演奏はピッチシフトが特徴的ですよね。

MH:ディレイなんだけど、ピッチベンドみたいなサウンドを出してる。ペダルのDelay TimeのノブをNo Delayから少し上げると、ピッチが上がるようなサウンドになる。それがすごく好き。

―そういう効果を求めてエフェクトを使い始めたりしてます?

MH:いいえ、探していたわけではなく、たまたま見つけたもの。「これがディレイペダルか」と試してみたら、単なるディレイ以外にもいろんなことができるとわかったから。

―意図的に出てきたもの、たまたま出てきたもの、どっちが多いんでしょう?

MH:どちらもかな。エフェクトに限らず、たまたまやっていたら良い結果が生まれることってよくあると思う。演奏中のミスは全部がいいわけじゃないけれど「今のは何⁉️?」と思うようなクールなミスもある。例を挙げると、私は解放弦を多く使うけど、これって最初は間違えて別の弦を弾いてしまった結果だった。だからクールなミスが起きた時は、そこで止める。単に「ミスっちゃった」ではなく、それを発展させ、自分のサウンドに取り込むようにしている。

でも、自分から特定のサウンドを探すこともある。ディレイを長く伸ばしたロングディレイが欲しい、と思って色々なセッティングの中から見つけられるか探すこともあった。だから両方だね。

―ヴィンテージのホロウボディ・ギターの生音と、エフェクトとのコンビネーションによる特徴的なサウンドは、作曲にも影響を及ぼすと思いますか?

MH:ええ。私は場合によってはアンプを使わずに練習することもある。それにいつも練習する時はエフェクトをかけず、アコースティックでやってる。だから曲を書く時、どの瞬間でどの程度エフェクトを使うのかは、その場の瞬間に決めることが多い。作曲に関してはエフェクトより、実際の音やアレンジ、アコースティックなギターの部分だけを考えているということ。そう言いつつも、エフェクトが作曲の重要なパートになることもあるんだけれど……とはいえ、エフェクトはあくまでプラスアルファの要素として、後から重ね合わせるレイヤーだと考えている。



―次は作曲面について。あなたの音楽に関しては「即興がかなりの割合で含まれた音楽」ですよね。そういった音楽に関して特に研究した作曲家はいますか?

MH:その質問に答えるのは本当に難しい。特定の誰かからの直接的な影響は受けすぎないようにしようとはするけれど、同時に音楽なんていうのは、影響以外の何物でもないとも思っていて。音楽って自分が聴いた音楽全てを組み合わせて、自分のレンズというフィルターをかけて出来上がるものだと思うから。

作曲ということでは、アンソニー・ブラクストンが最大の影響源だけれど、私の書く曲は彼とはまるで似ていない。影響を取り入れるというのは、音楽を聴いて感じるフィーリングであって、それをいかに自分のものにするかなんだと思う。どの音を弾いているか、どのスケールなのか、どのパターンなのかを探し当てるものじゃない。実際、私はそれだけは避けてきた。

そう考えると、私の作曲の影響源はソングライターたちだと思う。ロバート・ワイアットは重要な存在だった。私が好きなのは実験的だけれど、同時にチューンフルな曲。フィオナ・アップルやエリオット・スミスらの音楽がもつパワーや、そこから生み出されるエモーション……50年代、60年代のジャズなら、ホーンのハーモニーやメロディ……というようにね。ヘンリー・スレッギルも大好きなコンポーザー。彼やアンソニー・ブラクストンの100%ユニークなものを作り出すクリエイティビティが大好きだから。あとは同世代の仲間たち。一緒に仕事をしたり、会ったりしているミュージシャンたちの影響。友人たちの音楽を演奏し、彼らの作曲へのアプローチを知り、それがいつしか私の一部になっているところはあると思う。


ロバート・ワイアットがゲスト参加した(1、3、5曲目)『Artlessly Falling』(2020年)

―あなたは従来のギタリストがやってこなかったことをやっていると思うんです。しかも、誰かの影響が直接的に見えてこない。それってあなたが自分の中から出てきたものに正直に演奏してきた結果ですか? それともギター音楽の歴史を学び、誰もやっていないことを模索したことの結果ですか?

MH:私のサウンドが他にないユニークなものだとしたら、それはアンソニーやジョーから常に「自分のサウンドを見つけろ、私をコピーするな」と言われてきたから。彼らのレッスンはそれが基本だった。もし別の先生に学んでいて「カート・ローゼンウィンケルと寸分違わないように弾きなさい」とか、その当時の重要なギタリストの名前を挙げられていたら、私はそういう方向に進んでいたと思う。でも彼らのおかげで、いつも「自分のサウンドを探さなきゃ」というのが頭にあった。

ただ、それはティーンエイジャーにはすごく難しいことだった。常にユニークであれと背中を押してくれる人たちが周りにいて、本当にラッキーだったと思う。ユニークさの追求に終わりはないので常に上達し、変化し続けなければならない。だから私もアルバムを作るたび、同じことを繰り返さないよう、前作と違うものにしようと心がけている。自分にチャレンジし続け、異なる作品を作ることが私の目標。当然、私は山ほど影響も受けている。でも、誰か一人だけの影響が聴こえるのではないものであってほしいと思ってる。

―誰かから直接的な影響を受けすぎずに、たくさん音楽を聴いたり、人から何かを学ぶ。それってとても難しいことですよね。

MH:そういう意識を持つことが大切。実際、マーク・リーボウのバンドとの長い日本ツアーを終えて帰ってきたら、友達から「マークみたいになってるよ」と言われたの。特定の人と多く演奏していると、沁み込んできてしまうんだと思う。会話もそう。ずっと喋っている相手と話し方が似てきてしまう。そういう時は、意識的に「マーク・リーボウは数カ月聴かない」と思う(笑)。好きだからこそ「敢えて」ってこと。あまりに影響がパワフルすぎると感じたら、しばらくの間、そこから離れるようにしている。



―今日のお話を伺っていても、あなたがいかにジャズギターの歴史に精通しているのかが伝わってきます。自分が演奏している楽器の歴史、それが使われている音楽の歴史を学ぶことが大事な理由って言葉にすることはできますか?

MH:何よりもオープンマインドでいること、そして様々な異なる音楽を勉強することが大事だと思う。音楽は一種類じゃなくて、どのジャンルにおいてもたくさんのいい音楽がある。それに伝統や楽器の歴史を学ぶのも重要だと思う。でも学校での音楽の教えられ方には問題があって……クリエイティブな仕事を教えることの難しさはわかるんだけど……大抵、学校で教えられる伝統的な音楽演奏は、それ自体が最終目標になってしまう。

そうではなく「さあ、ツールを手に入れた。それを使って他のことをしてみよう」と思うべき。歴史を学ぶことはあくまでも手段であって、目的ではないと教えるべきだと思う。私にとっては、たくさんの音楽を聴き、音楽の伝統を学ぶことが常に重要だった。それでも全ては学べないし、私の音楽知識にも抜けている部分はたくさんある。例えば、クラシックギターもその一つ。私は一度もクラシックギターを学んだことはない。できれば学んでおけたらよかったんだけど。

Translated by Kyoko Maruyama

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