壷阪健登が語る、若きジャズピアニストの半生と瑞々しい表現の本質

Photo by Sakiko Nomura

小曽根真のプロデュースで新鋭ピアニスト・壷阪健登がVerve/ユニバーサルミュージックからデビューした。J-POPにも関心がある人なら、石川紅奈との歌ものユニット「soraya」で彼を知っている人もいるかもしれないし、ジャズの動向を追っている人にとっては、2022年にドラマーの中村海斗が発表した『BLAQUE DAWN』で演奏しているピアニストといったほうが通じるかもしれない。

『BLAQUE DAWN』は大きなインパクトを放つアルバムだった。中村や当時まだ高校生だったサックス奏者の佐々木梨子と共にすさまじい演奏を聴かせていたのが壷阪だった。中村は「壷阪さんはどんな曲でも突き抜けていってくれるのが好きなんです。彼はフリーになれる部分としっかり弾く部分をコントロールできるんです」と語り、壷坂に絶大な信頼を置いていた。間違いなく壷阪は日本のジャズ・シーンにおける若手コミュニティのキーマンのひとりだ。

そんな壷阪が、ついに自身初のアルバム『When I Sing』をリリースする。いきなりソロピアノでの録音というなかなかチャレンジングな作品だ。そこには壷阪の自信と、プロデューサーを務めた小曽根の期待の大きさがうかがえる。

本当に偶然なのだが、たまたま僕(柳樂光隆)は壷阪のことをずいぶん前から知っていた。だから、彼の動向はずっとSNSや友人経由で耳にしていたのだが、バークリー音大に留学し、そこで優秀な成績を収め、ミゲル・ゼノンをはじめとしたアメリカのビッグネームとの共演を果たし、いい波に乗っているように見えた。しかし、パンデミックにより帰国を余儀なくされたのだが、その才能が放っておかれるわけはなく、中村や佐々木といった屈指の若手が共演相手に選び、小曽根にフックアップされた、というところだろうか。

ここではまだ情報の少ない壷阪について、彼がどんなことを学び、キャリアを積みながら、今のスタイルに行きついたのかを聞くことで、『When I Sing』の本質に迫っている。なぜなら、『When I Sing』には壷阪が演奏家として、作曲家として、何を身に着け、何に関心を示し、研究してきたのかが凝縮されているからだ。そして、それは今の若手が奏でるジャズを見渡すためのヒントにもなるはずだ。



―そもそも、最初はどういうきっかけでジャズと出会ったんですか?

壷阪:中学2年生のときに『題名のない音楽会』というテレビ番組で山下洋輔さんが「ラプソディー・イン・ブルー」を弾いていて。その直後に山下さんが日比谷野外音楽堂で「山下洋輔トリオ復活祭」をするというので見に行ったんです。そうしたら、林(栄一)さんや森山(威男)さんも出てきて。いわゆるフリージャズが3時間ぐらい流れるイベントだったんですけど、それでハマりました。

―いきなりフリージャズ!?(笑)

壷阪:それ以前に「ディアゴスティーニ」が出している、毎号ジャズをフィーチャーする雑誌が好きで買っていたので、ある程度はジャズのことは知ってたのですが、山下さんからハマったんです。その後、高校に入って、横濱ジャズプロムナードで板橋文夫オーケストラの演奏を聴いて「わ、すごい!」と。それで調べたら、HOT MUSIC SCHOOLという(板橋をはじめとした)新宿ピットイン周りのミュージシャンが先生として教えてるところがあったので、そこの門を叩きました。

―山下洋輔トリオを見たときは、どう思いました?

壷阪:すごく好きでした。あとから板橋さんのピアノにも思ったのですが、やっぱりただフリーなスピリットがあるだけじゃなくて、リリカルで、ポップで、ピアノの温かい音がする。そういったところに惹かれたんじゃないかなと思います。

―板橋文夫さんからピアノを学んだそうですね。どんなことを教わったのでしょう?

壷阪:意外と普通に教えてくれました(笑)。ドリアン(スケール)だとか基本的なジャズ理論ですね。でも板橋さんから習っていたころの自分は、野山を駆け回る少年のようなものだったので、ただただ演奏するのが楽しいという中で学んでいました。だから、いわゆるジャズを学ぶ、という形になったのは(大西)順子さんに教わってからですね。


Photo by Sakiko Nomura

―大西順子さんのレッスンを受けたきっかけは?

壷阪:HOT MUSIC SCHOOLに大西さんが小澤征爾さんと「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏する「サイトウ・キネン・フェスティバル」のチラシが置いてあったんです。その1週間前に3人生徒を募集して大西さんが1週間ワークショップを開くということで、それに応募しました。そのときのサポート・ミュージシャンは、ベースが楠井五月さんで、ドラムが石若駿さん。「うわー、すごい!」と思って応募したらたまたま受かりました。でも、実際に参加してみると、自分がジャズのボキャブラリーを全く喋れていないことに気づく羽目になるんですね。「コードやハーモニーを旋律で表現する」ためのビバップの言語を持たないと、ジャズは演奏できない。リズムにおいても「こういうフレーズがあったら、ここにアクセントが来て、それによってこういうニュアンスがある」ってことを知っている必要がある。そういうことにほぼ初めて気づきました。

―それにしても、板橋さんと大西さんの2人に教えてもらった人って珍しいですよね。

壷阪:統合しないと思うんですよね、右脳と左脳みたいな形で。

―僕はお二人とも好きですが、リスナーとして好きなのと両者から学ぶのは別ですからね。

壷阪:大学生のときなので、ちょうどそのときに楠井さんとか石若さんとか、一緒に受講していた(ジャズ・ピアニストの)海堀弘太さんが高田馬場のイントロに引っ張ってくれて、そこでたくさんの仲間と会うんです。そこにHOT MUSIC SCHOOLで練習したものを持っていくと、ずっとこんがらがっていました。

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