壷阪健登が語る、若きジャズピアニストの半生と瑞々しい表現の本質

デビュー作で向き合った自分のピアノ

―デビュー・アルバム『When I Sing』はいきなりソロピアノ作品です。前からそういう構想があったんですか?

壷阪:実は全くやるつもりはなかったんです。2021年に、今は小曽根さんのトリオ(Trinfinity)をやってる小川晋平さん、きたいくにと君と3人で六本木のアルフィーで演奏したことがあって。元々はサックスの中山拓海さんのバンドで出る予定だったんですけど、拓海さんが急遽来られなくなったので、スタンダードを持ち寄ってやったりしたんです。そのときに小曽根さんと神野三鈴さんがいらっしゃって。そのあとに「ご飯でも」と言われて行ったら、From OZONE till Dawnというプロジェクトのお誘いでした。

小曽根さんは最初に聴いたときから、僕はソロをやった方がいいと思ったらしいのですが、僕は一度断ったんです。「ソロをやったことないからやりません」って。それでもやった方がいいって背中を押してもらったので、しぶしぶ始めました。小曽根真にここまで言われてやらないのは野暮かなと思って。



―壷阪さんの先生であるヴァディムはソロピアノの名手ですし、ソロが好きなのかなと思ってましたよ。

壷阪:全くやりたくなかったですね。自分のトリオも持っていたし、1枚目をソロで出すピアニストってイメージが浮かばなかったし、トリオやコンボで始めて円熟してからソロに行くものだとばかり思っていたので。でも、今思うとやってよかったなと。日本でいろんな人のサイドマンとして毎日頑張って演奏して、キーボードもするし何だってしていた中で、自分自身が散漫になっていたかもしれないと思ったんです。だから、今までの自分の音楽的なリファレンスは全部置いといて、時間がかかることだけど「自分の頭で何が聴こえているのか」に向き合う時間を取らないといけないとも思いました。しかも「この音が聞こえるからシンセを使う」「こういう音楽ならこの編成でやる」のではなく、それらを凝縮して、ピアノという楽器にもう一回向き合おうと。そのプロセスがこのタイミングで必要だったんだなと今は思います。

―もう一度、自分と向き合うきっかけになったと。

壷阪:あと、ホールの響きと素晴らしいピアノに触れたとき、知らない音がするんですよ。以前、ヤマハホールで演奏したときに(昨年11月の初リサイタル「Departure」)、ヤマハさんのご厚意でフルコンのピアノを弾かせていただいたんです。それに慣れて弾く機会が増えたとき、「え、ピアノってこんな音するの?」「こんなに大きな音が出るのか」ということに気づいて。ソロピアノは自分自身で完結するものだとばかり思ってたんですけど、素晴らしいピアノで響きを出したときに、この響き自体に自分が触発されて。もしくはインプロビゼーション的な視点でいくと、音楽的に没頭することで、自分自身の知らない一面を知ることができるような不思議な体験があったんです。これは舞台に上がって、ホールでインプロをしてみないと、自分では気づかなかったことだと思います。それによって「この曲をどういうふうに弾けるか」が新鮮になったんですよ。「インプロだから新鮮に弾けて、作曲されたものは楽譜の通り弾く」のではなくて、(譜面に)書いてあるところも即興っぽく新鮮に弾けるようになったし、即興に関しても「このコンポーズの中でどういうものが聴こえて、(自分の即興が)どこに着地するのか」を考えるようになりました。

―ECMからリリースしている最近のアーティストにインタビューすると、スイスのルガーノのスタジオで録音することが多いらしくて。ルガーノのスタジオって、実際は小さなホールなんです。だから、ホールの環境がやるべき演奏を決めるんだってみんな言うんです。壷阪さんに関しても、ホールとピアノの環境が音楽を導いてくれたのかもしれませんね。

壷阪:それはありますね。小曽根さんだから見えていたことなのかもしれないです。小曽根さんはその環境でやる人で、その視点を持っているピアニストなので。

―小曽根さんがホールでのコンサートで弾くピアノはすごいですよね。ピアニッシモがすごい遠くの席まで綺麗に届くというか。

壷阪:すごいですよね。「ピアノってそんな音するんだ」みたいな。

―その小曽根さんが、壷阪さんには「何かがある」と思ったんでしょうね。

壷阪:小曽根さんに「何でソロって言い出したんですか?」と一応聞いてみたのですが、「何か聞こえたから」と仰ったんですよ。でも、小曽根さんは「それはおそらく自分がゲイリー・バートンにされたことと一緒だろう」とも仰ったんです。バークリー在学中、オスカー・ピーターソンのスタイルだけで演奏していた小曽根さんを見て、ゲイリー・バートンはスティーヴ・スワロウやカーラ・ブレイの曲を演奏する世界観に合う何かを見たと。小曽根さんは実際にそういう音楽を演奏していたわけではないんです。でも、ゲイリーは長い間、音楽に向き合ってきたミュージシャンだから見える景色があったんだと。つまり、僕自身には見えてなかったんですよね。

―以前、イタリアのファツィオリという特殊なピアノで録音したピアニストに「ファツィオリは低音がすごく鳴るから、それだけで演奏が変わった」という話を聞いたことがありますが、そんなふうにピアノ自体が演奏を変えたところもありましたか?

壷阪:全体的にそうですね。録音で使ったのは素晴らしいホール(所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール)で、ピアノはスタインウェイだったのですが、調律の外山洋司さん、エンジニアの三浦瑞生さんと石光孝さんという、皆さんの音で自分の音楽が出てきたときは嬉しかったです。曲自体は鬱々としながら作ってたんですけど、(演奏したら)初めてポジティブな気持ちになれたんですよね。ピアノを弾けば弾くほど、どんどん音色が開いていく感じで。素晴らしい音で鳴って、それが(作品として)残るという喜びに、身体的にも精神的にもすごくポジティブな気持ちに溢れたような気がしました。

小曽根さんのプロデュースとありますけど、小曽根さんは僕の作曲に関しては何もおっしゃらなかったんです。ただ、僕が自分で弾きながらストーリーを作っていったはずなのに、「あれ、なんかここ途切れるな」「ここがうまくいかないな」と空回りすることが何度か起きて。ホールでの録音も初めてだし、どれも自分が作った新曲なので、全てに慣れてない状況でした。そんなとき、小曽根さんが「ここをこうしたらいいんじゃない?」「ここはあんまり大きくなくていいよ」と仰ってくれて、そうすると「いける!」ってことがありました。自分の曲は自分のものだから誰よりもわかってると勘違いしていたのですが、何回か演奏を重ねるごとに、ホールの響き、ピアノ、音楽を熟知した小曽根さんの視点が加わることで、立体的に音楽が変化していきました。


Photo by Sakiko Nomura

―壷阪さん自身は「こんな音色で弾きたい」「こんな感じでピアノを鳴らしたい」みたいなイメージはありましたか?

壷阪:しっとりとしたダークな音が好きなのですが、コロナが収束して以降、あんまりウジウジしてられないなっていう気持ちが強くなってきたんです。「ホームスタジオみたいな音色でやってもいられないな」と思うようになり、外側にベクトルを向けました。でも、ちゃんとリリカルなものを提供したいのもあります。

―僕はこのアルバムを聴いて、華やかでオープンな印象を持ちました。エグベルト・ジスモンチの音楽みたいな爽やかさ。

壷阪:もし誰かを挙げるとしたら、ニーナ・シモンのピアノですね。スピリットがあって、クラシカルで、オープンでもある。あと、ずっと言ってるのはミシェル・ペトルチアーニのあの潔さですね。僕の1枚目ですしソロピアノなので、何か取り繕ってもしょうがないっていうのが早々にしてわかったので、潔くあろうと思いました。

―たしかに、ペトルチアーニみたいなフレッシュで元気な感じはありますね。

壷阪:それは小曽根さんの音楽にもあります。小曽根さんからポジティブさをもらったところもありますね。




―最後に、好きなピアノ・ソロ作を3枚挙げるとしたら?

壷阪:歌が入っててもいいなら、ニーナ・シモンの『Nina Simone & Piano』ですね。「Who am I?」という曲は大きいです。あと、キース・ジャレットの『Facing you』。いつ聴いても大好きですね。もうひとつは、イグナシオ・セルバンテスというキューバの19世紀のピアニストがいて、彼が書いたピアノ小曲です。最後の「さいなら Adiós」を書いている頃に聴いていました。他にも(エルネスト・)レクオーナや (エイトル・)ヴィラ=ロボスのような20世紀のクラシカルなピアノのピースを書く人たちを聴いて、制作中に勇気をもらっていました。





―なぜその時期のキューバやブラジルのクラシック音楽にハマったんですか?

壷阪:たぶん彼らが「何かクラシカルな作品を作るぞ」と思ったとき、彼らの国には彼らの民族的なリズムがあったから、それらを混ぜたものができた。もしかしたら、それは西洋的な視点ではエセ・クラシックなのかもしれないですけど、そうして生まれた音楽はすごく意味があるものだったと思います。だから、いい言い方をすると、僕が自分の作品に関して、それがジャズなのか、エセ・クラシックなのかわからないけど、とにかく潔く作って出そうとするプロセスの中で、前述の作品たちが僕に勇気を与えてくれたんです。それもあって、彼らのソロピアノ曲をたくさん聴いてました。イエローである僕がみんなにリスペクトをちゃんと感じさせながら表現するために「エセって何だろう」ってことに潔く向き合えればと思っていたんですよね。




壷阪健登
『When I Sing』
発売中
再生・購入:https://kento-tsubosaka.lnk.to/WhenISing

東京フィルの午後のコンサート。
2024年5月19日(日)14:00 開演
Bunkamura オーチャードホール
指揮とお話:栗田博文
ピアノ:壷阪健登
※壷阪は「ガーシュウィン/ラプソディー・イン・ブルー」を演奏
詳細:https://www.tpo.or.jp/concert/2024season_gogo.php

METROPOLITAN JAZZ Vol.04 TOKYO PIANO NIGHT
2024年6月27日(木)18:00 開演
東京芸術劇場コンサートホール
出演:小曽根真、大林武司、壷阪健登、シャイ・マエストロ、アマーロ・フレイタス
詳細:https://www.eight-islands.com/metropolitanjazz/#vol04

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