「2023年のジャズ」を総括 様々な文脈が交差するシーンの最前線

ジャズとポップの挟間で

アフリカンアメリカン女性の活躍でいうと、ミシェル・ンデゲオチェロも外せません。故ロイ・ハーグローヴ率いるRHファクターの『Hard Groove』(2003年)、ロバート・グラスパーの金字塔『Black Radio』(2012年)にも参加してきたベテランが、ここにきてブルーノートに移籍し、最先端ジャズプレイヤーの力を借りながら傑作を物にしています。ミシェル自身も「私の世代は人種(race)と金(money)に囚われていた。でも、今はそうではない人たちに囲まれ、前進できているので本当に恵まれていると思う」と感慨深げに語っていました。


ジャズの未来を担う若者たちへ ミシェル・ンデゲオチェロが語る共感・信頼・リスペクト
Photo by Charlie Gross




ブルーノートといえば、コーシャス・クレイとの契約も話題になりましたよね。彼は2017年のデビュー曲「Cold War」がテイラー・スウィフトにサンプリングされ、ビリー・アイリッシュのリミックスも手掛けるなど、もともとはポップ/R&B寄りのシーンで注目されてきました。その一方で、学生時代にジャズを勉強し、フルート/サックス奏者の道を模索していたというコーシャスは演奏スキルも一級品で、2ndアルバム『KARPEH』ではギタリストのジュリアン・ラージやサックス奏者のイマニュエル・ウィルキンスなど実力派を交えながら、自分のなかのジャズと向き合っています。


コーシャス・クレイが語る、ジャズの冒険と感情を揺さぶるメロディが生み出す「深み」
Photo by Meron Menghistab




これまではジャズ音楽家がポップのフィールドに踏み入れようとなったら、それこそグラスパーの『Black Radio』が典型的ですが、世間に親しみのあるジャンルを取り入れたり、自分なりに演奏してみたりというパターンがほとんどでした。ところが、コーシャスの場合はその逆で、先にポップシーンで成功を収めたシンガーソングライターが、ジャズの素養を活かしたディープな作品を作り上げ、ジャズの名門レーベルから発表したわけですよね。しかも、ジャズ好きとして有名なV(BTS)の耳にも留まり、彼のヒット曲「Slow Dancing」及び同曲のリミックスにも起用されている。そう考えると、ジャズを学んできた人々を取り巻く環境や、そういう出自を持つ音楽家たちの見え方も変わってきたのかなと。いよいよジャンルというものが曖昧になってきたというか。



コーシャス・クレイが語るジャズとポップを繋ぐ感性、上原ひろみやBTS・Vへの共感
Photo by Makoto Ebi

同じくビリー・アイリッシュやVが絶賛しているレイヴェイもそう。アイスランドと中国にルーツをもち、クラシック音楽やレトロなジャズに精通していて、ストリーミングやTikTokで人気なのも頷ける雰囲気のよさ。英ガーディアン誌の記事で「若い世代のリスナーは、自分がどのジャンルに属するかはあまり気にしていません。彼らはリリシズム、コミュニティ、そして音楽が自分たちをどう感じさせてくれるかに重点を置いているのです」と語っていましたが、まさにそういう時代の申し子という感じがします。




レイヴェイは曲もよくできていて、いわゆるアメリカン・ソングブックやブロードウェイのミュージカル、昔の映画音楽など上質なポップソングの歴史をしっかり勉強していているのが伝わってきます。ブルーノ・メジャーもそうですが、古い音楽をただ焼き直すのではなく、そのなかにある曲の構造やノスタルジックなムードを研究したうえで、自分なりにアップデートした形で取り入れている。ノラ・ジョーンズが20年前にデビューしたときにも通じるものがありますし、この2人が一緒にクリスマスソングを制作したのは必然のように感じました。




ブルーノ・メジャーが語るタイムレスな作曲術、親密な歌心を培ったルーツとメランコリー
Photo by Neil Krug



少し話が脱線しますが、歌手でいえば第65回グラミー賞(2023年)で最優秀新人賞を獲得したサマラ・ジョイ、器楽奏者ならエメット・コーエンやジュリアン・ラージなど、古いジャズに精通する若いミュージシャンが近年多く活躍しています。Spotify上でも彼らの曲がよく聴かれていますし、プレイリストにもセレクトされていたりして、そこからジャズスタンダード好きな若者が確実に増えているのを感じます。


サマラ・ジョイが語る「歌声の秘密」 ジャズボーカルの新星が夢を叶えても学び続ける理由
Photo by Eiji Miyaji



スタンダードを見直す流れは音楽家の側にもあり、ピアニストの海野雅威は100年を超えるジャズの歴史と向き合う理由について「スタンダードを知らずに自分の曲は書けない」と力説していましたし、2023年の新譜ではピアニストのサリヴァン・フォートナーやベン・ウェンデル、意外なところでは上述したカッサ・オーバーオールがスタンダードを斬新に解釈した曲をリリースしていました。今後もそういう動きは加速しそうな気がします。


海野雅威がジャズピアノの歴史と向き合う理由「スタンダードを知らずに自分の曲は書けない」
Photo by John Abbott





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