ブルーノ・メジャーが語るタイムレスな作曲術、親密な歌心を培ったルーツとメランコリー

ブルーノ・メジャー(Photo by Neil Krug)

 
ノスタルジックなサウンドとメランコリックなフィーリングが特徴のベッドルーム系シンガーソングライター。ブルーノ・メジャー(Bruno Major)のイメージは大体こんなところだろうか。ソウルやR&Bのフィーリングがあり、同時にジャズの影響も強く感じさせる彼の音楽はイギリス独特の感性を持っている。

2017年のデビュー作『A Song for Every Moon』の時点で、ネオソウルやポストロックも含めたプロダクションも備えつつ、70年代以前のノスタルジックでヴィンテージな質感が醸し出す独特のムードが世界中のリスナーを魅了した。それは2000年の2作目『To Let A Good Thing Die』でも引き継がれていた。ささやくような歌唱に加え、密室的なサウンドの親密感も彼の音楽の魅力である。僕も穏やかな音楽、もしくは心を静める音楽(©Quiet Corner)として接してきた。

しかし、ブルーノ・メジャーという人はもっとスケールの大きなアーティストだったようだ。最新アルバム『Columbo』では僕が感じていた印象をはるかに超えてきた。からっとしていて、パワフルなサウンドもたびたび聴こえる今作は、これまでの印象とは異なるようだが、音楽的には筋の通ったブルーノ・メジャーらしさみたいなものも同時に感じられる。彼の音楽家としての懐の深さを知り、ますます魅了されてしまった。

ここではそもそも、ブルーノ・メジャーがどんな音楽家なのかを掘り下げようとしたのだが、こちらから尋ねなくても自身の音楽がもつ本質をたくさん語ってくれたように思う。音楽の話をしているはずなのに、いつのまにか音楽観だけでなく、彼がどんな風に物事を考えているのかも見えてくる深い話がいくつも含まれたものになった。『Columbo』や8月に控える来日公演をもっと深く味わうためにも、うってつけの記事になったのではないだろうか。



―あなたは色々なタイプの曲を書いています。特に研究していたシンガーソングライターがいたら教えてください。

ブルーノ・メジャー(以下、BM):僕はもともとジャズ・ミュージシャンだった。だから、18歳から22歳くらいまではずっとジャズを勉強していた。ジャズ・ギタリストになりたいと思っていたんだ。でもその過程で、自分は曲そのものに興味があるということに気がついた。そこからジョージ・ガーシュウィンやジェローム・カーン、コール・ポーター、ロジャース&ハマースタインなどの曲に合わせてジャズの即興をする練習をするようになった。曲に興味があったから、自分のジャズ・スタンダードを書いてみようと思ったんだ。それが作曲をし始めたきっかけだよ。

ソングライティングを始めてからは、ランディ・ニューマン、ニック・ドレイク、ボブ・ディラン、キャロル・キング、ビリー・ジョエル、ポール・サイモン、ディアンジェロ、レディオヘッド、チェット・ベイカー、エラ・フィッツジェラルド、ルイ・アームストロング、ジョニ・ミッチェル……このリストには終わりがないね、僕は本当にさまざまな人たちから影響を受けている。でも僕のソングライティングは、自分にとってパーソナルなものであって、誰かから直接的にインスピレーションを受けているというものでもないんだ。

―最初はジャズ・ギタリストだったけど、自分なりのスタンダードを書きたくなったとおっしゃっていましたけど、あなたが考える自分なりのスタンダード・ソングはどんな条件を備えていると思いますか?

BM:僕はジョー・パスやウェス・モンゴメリーがすごく好きで、それに加えてサックス奏者のキャノンボール・アダレイや、ピアノ奏者のキース・ジャレットなどギタリスト以外のミュージシャンも好き。ビル・エヴァンスやマッコイ・タイナーのピアノ、マイルス・デイヴィスのトランペット、エルヴィン・ジョーンズのドラムなどもね。僕が曲を書いたり、アルバムを作ることは、ジャズ・ミュージシャンが曲を書くのと同じこと。今まで聴いてきた膨大な影響から、それらを組み合わせて、絵描きがそうするように自分のパレットを作ることなんだ。そこからどの音を選んで使うかは自分で決めることであって、それが自分独自の「声」になる。時間をかけて培ってきた知識や影響を、その「自分の声」と混ぜ合わせることによって、自分独自のスタイルが出来上がる。スティーヴィー・レイ・ヴォーンだってジミ・ヘンドリックスに影響を受けていたし、ウェス・モンゴメリーだってチャールス……なんだっけ?

―チャーリー・クリスチャン?

BM:そう、チャーリー・クリスチャンにインスパイアされている。さらに昔に遡っても、ベートーヴェンだってハイドンやバッハに影響を受けていた。とにかく、そういう影響からは絶対に逃れられないものなんだよ。



―先人との影響関係について自覚的なのは、あなたの音楽を聴けば一目瞭然だと思います。先ほど挙がったジョー・パスに影響を受けていると色々なところで公言していますよね。具体的にどんな影響を受けてきたのでしょう?

BM:僕は子供の頃にクラシックのギター演奏をやっていて、全てのグレード試験(訳註:英国では、音楽、芸術、スポーツ等の素養を身につけさせることを目的とした技術グレードの検定試験がある)を受けてきた。でも、16歳くらいの時にマーティン・テイラーのコンサートを観たんだ。それに圧倒されたんだよ。「うわ、あれは一体何なんだ⁉️」と思って、自分もそういうことをやりたいと思った。彼の演奏からはさまざまな音を聴き取ることができた。それまで、ジャズは「#$@=!%)*^&」(フリージャズみたいな変な音を出しながら)みたいな感じで、僕の頭では理解しきれていなかった。でもマーティン・テイラーの演奏を聴いたら納得が行ったんだ。ギターという文脈の中でジャズを理解することができた。

ジョー・パスもその延長線上にいる。彼のソロ演奏を聴いたとき、すごくインスパイアされたんだ。マーティン・テイラーも大好きなんだけど、個人的には、ジョー・パスの方がディープなレベルの即興演奏をすると思う。彼の1stアルバム『Virtuoso』(1973年)だけを1年間聴き続けた時期があったくらいだ。一日中ずっと聴きながらラインやコードを覚えて、僕が寝ている間も目を覚ました時もアルバムはずっと流れている、みたいな。とにかく夢中だった。今でも自分がギブソン175を弾いているのはジョー・パスの影響だよ。



―シンガーソングライターの名前もたくさん挙がっていましたが、例えばランディ・ニューマンはどんなところが好きですか?

BM:マーティン・テイラーがソロ・ギターという媒体を通して、僕にジャズの聴き方を教えてくれたのと同じように、ランディ・ニューマンはジャズという媒体を通して、僕にソングライティングの流儀を教えてくれたんだと思う。彼はジャズに対する造詣が深くて、ニューオーリンズのブルース・ジャズを背景に持つ人だ。だから、「You've Got a Friend in Me」(「君はともだち」)のピアノパートはドクター・ジョンに影響を受けているよね。そういう流れから作られた曲なんだ。

それに、ランディの作る音楽はジャズ・ミュージックなんだけれど、見事な歌詞がのせてある。僕は彼こそが史上最高のリリシストだと思っている。本当にものすごく影響を受けた。言葉と音楽を組み合わせることがソングライティングという魔法の源であること。それに彼のおかげで、愛や恋愛についての曲ばかり書く必要はなくて、例えばカール・マルクスについての曲(「The World Isn't Fair」)や、背の低い人についての曲(「Short People」)を書いてもいいんだと気づかされた。いつも興味深いキャラクターを描いていて、そういうところにも大きな影響を受けている。



―レナード・コーエンの名前もよく挙げている気がします。

BM:彼も偉大なアーティストの一人だよね。レナードはフラメンコ・ギターの影響を受けていて、彼の音楽にはスペイン音楽の要素もたくさん含まれている。僕はパコ・デ・ルシア(スペインのギタリスト)の大ファンでもあるし、そういう要素が混ざっている感じがすごく好きなんだ。でも、レナードの最大の魅力は彼が書く歌詞だと思う。「Hallelujah」が最も有名なのかもしれないけど、あの曲の第2ヴァースは僕が一番好きな歌詞かもしれない。こんなふうに、僕には影響を受けた人たちがたくさんいるんだ。話をしていたらキリがないくらい。



―影響を受けてきたソングライターに共通点を感じるとしたら、なんだと思いますか?

BM:どうだろうな。尊敬しているアーティストたちから、自分が学んだことで共通している点があるとすれば「ユーモア」だと思う。僕が好きな人たちの音楽には、程度の差こそあれ、何かしらのユーモアが含まれている。ランディ・ニューマンの音楽はわかりやすいほど面白いし、時にはコメディのように感じられる。レナード・コーエンの音楽にも一種のシニシズムが含まれていると思う。ポール・サイモンもそう。彼らはみな、偉大なアーティストだけど、音楽に対してあまり気難しく考えていない。僕もそれを見習って、自分の音楽には何かしらのユーモアを入れたいと思っている。

―なるほど面白い。たしかに、あなたの音楽にも肩の力が抜けた心地よさがありますよね。

BM:結局のところ、作品や物事が時代によって風化するのは、そこが要因だと思うんだよ。気難しく考えて何かに取り組んだら、世界一クールな存在になれるかもしれない。でも10年後、15年後、それは古くさくて時代遅れのものに感じられてしまう。そこまで気難しく考えずに作ると、それは名曲になる。特に学んだのはそういうところだね。

Translated by Emi Aoki

 
 
 
 

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