コロナ禍を癒す異例のヒット、ブルーノ・メジャーの「静かなる傑作」を2つの視点から考察

ブルーノ・メジャー(Courtesy of Beatink)

今年6月にリリースされたブルーノ・メジャーの最新アルバム『To Let A Good Thing Die』が、異例のロングランヒットを記録している。ビリー・アイリッシュやBTSも賞賛したロンドン発のシンガー・ソングライターを聴くべき理由とは? 音楽評論家の高橋健太郎と、『Jazz The New Chapter』シリーズ監修の柳樂光隆によるクロスレビューをお届けする。


1. 密室から届けられる、時を超えたシンガー・ソングライター表現
高橋健太郎

ブルーノ・メジャーというシンガー・ソングライターのことを意識したのは、「Easily」という曲のMVをYouTubeで目にした時だった。2017年に発表されたデビュー・アルバム『A Song For Every Moon』に収録されている1曲だが、MVは初老のバスケット・ボール・コーチを主人公にしたショート・ムービー仕立てになっていて、曲はその背後に静かに寄り添っている。ブルーノ・メジャー当人も脇役で登場はするけれど、シンガー/ギタリストとしての彼にスポットが当たる瞬間はない。驚くほど音楽が主張しないMVで、そこが逆に引っかかった。新人なのに、こんなアピールの仕方があるのだろうか、と。

その引っかかりの中で、少し時間をかけながら、「Easily」という曲はじわじわと脳裏に染み込んできた。控えめな表現の中に恐ろしく繊細なコントロールが効いている。エンディング近くのギター・ソロを弾き終えて、冒頭から何度も繰り返されるリフレインに戻る瞬間に、彼がこの曲に賭けた静かな自信が溢れ出す。コイツはただ者ではないかもしれない。そう感じたのが2年くらい前のことだった。



『A Song For Every Moon』は無名時代の彼が12カ月間、毎月1曲ずつYouTube上に新曲を発表するということを課して、完成させたアルバムだった。静止画面のオフィシャル・オーディオの投稿が12回続くだけだったが、そのサウンド・クォリティーと練り上げられた楽曲の魅力が注目されるようになり、12カ月後には熱心なファンが彼のYouTubeチャンネルに集まるようになっていた。

YouTubeでブレイクしたアーティストは地域を越えた支持を受けることが多いが、ブルーノ・メジャーもまさしくそうで、各地をツアーする以前に楽曲が世界に拡がっていった。シンプルなギター弾き語りに向く彼の曲はYouTube上で無数のカバー・ヴァージョンも生んでいる。面白いことに、とりわけ、アジアの若者からのカバー投稿が目立っている。


1998年生まれの韓国系アメリカ人シンガー・ソングライター、サム・キムによるカバー

ブルーノ・メジャーは1988年にロンドン郊外で生まれ、2000年代の半ば頃からギタリストとして、他のミュージシャンのサポートなどの仕事をしていたようだ。2014年にヴァージン・レコードとソロ契約を結び、4曲入りのスタジオ・ライヴ盤を制作したこともあるが、この頃の彼はずっとロック・ギタリスト然としていた。ヴォーカル・スタイルも喉を振り絞ることが多かった。ミュージシャンとしてはロック、ブルーズ、ジャズなどを幅広く吸収してきたのだと思われるが、ヴァージンとのソロ契約が上手く行かなくなった後に、アーティストとして進む方向を問い直したのかもしれない。

一言でいえば、それは時を超えたポピュラー・ミュージックを志向するということだったと思われる。古典的なソングライティング手法に沿いつつ、言葉とメロディーを研ぎすませる。それをビング・クロスビーに遡るようなクルーナー・スタイルで、丁寧に歌い上げる。今年の6月に発表された2ndアルバム『To Let The Things Die』は、そういうブルーノ・メジャーの志向性がより明確に示された傑作だと思う。

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